よみタイ

人生も残り少なくなってきたので、苦手なキノコを食べてから死ぬことにした

 感動冷めやらぬ私は、その日の夕食にて、お腹の調子が良くなったこと、それはひとえに私の日々の努力の結晶なのだということを、同棲中の彼女に鼻高々に報告した。さあ、美容と健康にかける私の情熱を褒め称えてくれと期待の眼差しを向けるも、彼女から返って来たのは意外な言葉だった。

「きっとそれはシイタケとかエノキとかを毎日食べてきた効果がやっと出たんじゃない?」

 絶句。それもそのはず、私はあの辺のキノコの類は大の苦手なのだ。単純に見た目と味が嫌いというのもあるが、キノコには苦い思い出がある。

 子供の頃、あまりにも貧乏だった我が家の家計を安定させようと、私の祖父は一発逆転のビジネスとして、シイタケの原木栽培に手を出すも、ものの見事に失敗してしまった。あとに残されたのはそこそこの借金と沢山のシイタケ。「爺ちゃん、なんでシイタケなんかに……」と悔やみながら、毎日食卓に顔を出すシイタケ料理を残飯処理のように食しているうち、私はシイタケをはじめとするキノコ類が大嫌いになった。そんな私がキノコを口にするわけがない。

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「一緒に生活してて、あんな音を聞かされる方の身にもなってよ。キノコってお腹に良いからさ、小さく小さく切り刻んで、バレないように味付けもして、毎日料理に混ぜてたんだよ」
「この味噌汁にも? このカレーにも?」
「もちろん! 買い物に行かないあなたは知らないだろうけど、キノコってお手軽価格で手に入るからお財布にも優しいんだよね」
「何も知らずに俺はキノコを……」
「本当のことを言ったら私の料理を食べなくなりそうだから、墓場まで持って行くつもりだったんだけど……お腹の調子が良くなったのは全部自分の手柄みたいに言うからさ」
「本当にありがとうございます」
「私の愛の深さを思い知れ」

 調べてみたところ、キノコに豊富に含まれる食物繊維が、腸内環境を整えるために必要な善玉菌を増やしてくれるのだという。流行りの「腸活」には欠かせない食べ物、それがキノコ。私のお腹の中で長年続いていた戦争を終わらせてくれたのは、他ならぬキノコたちだったのだ。

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新刊紹介

爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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