よみタイ

「爪切男」という名を名乗る者として、本気でネイルケアをやってみた

 困窮した私は「ボイスチャット」なるものに救いを求めた。ヤフージャパンが運営していた「ヤフーチャット」は、パソコンのサイトを通じて無料で好きなだけ通話が楽しめるという画期的なコミュニケーションツールであった。サービスを利用するには、ヤフーIDの登録が必須であり、そこでこの世に生まれたのが「tsumekiriman」という名前だった。
 
「あんた、爪切男ってIDにしいよ。なんでって? 今ちょうど爪切ってるからよ。ほら、英語にしたら恰好良いじゃん」という彼女の思い付きから生まれた偶然の産物。これがどうにもしっくりときてしまったのだ。親につけてもらった名前よりも、愛する女に授けてもらった適当な名前の方が、私にとっては大きな意味を持つのだ。

 それからというもの、ゲームサイトにショッピングサイトなど、ありとあらゆるサービスのニックネームを「爪切男」で登録するようになった。宅配ピザを利用するときのニックネームは「ピザ切男」にするなど遊び心も忘れない。

 作家デビューを控え、改めてペンネームを決めるとなったときも、私の心に迷いはなかった。だって私は、爪切男になるために生まれてきたのだから。
 そう、私は爪切男。この名前に恥じることのない綺麗な爪を手に入れねばならない。美容大好きおじさんの次なる挑戦、それは「ネイルケア」に決まった。

 とはいっても、いきなりネイルサロンに突撃するのは気が重い、ちょっと恥ずかしい、何より先立つ金がない。まずはネイルケアについて自分なりに調べてみよう。

 改めて自分の爪をマジマジと観察する。爪は〝健康のバロメーター〟とも言われ、その色や状態を見れば、現在の健康状態を事細かに知ることができるらしい。
 乱れた食生活を改善したこともあってか、色に関しては健康を示す綺麗なピンク色。ただ、爪自体に大きな縦ジワが何本も走っているのが見て取れる。老化と乾燥による血行不良が原因らしい。体調が悪いとお肌が荒れるように、爪の表面も刻一刻と変化するわけだ。
 ちなみに、爪の根元にある白い三日月状の半月は健康状態にはあまり関係がないらしい。何となく綺麗な半月があれば健康だとばかり思っていたので目から鱗である。

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新刊紹介

爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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