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大阪大学と慶應大学、どちらの法学部へ行くべきか? イケメン浪人生・上野の選択【学歴狂の詩 第12回】

稀代のカルト作家として人気を集める佐川恭一さんによる、初のノンフィクション連載。
人はなぜ学歴に狂うのか──受験の深淵を覗き込む衝撃の実話です。

前回は、佐川さんが「数学ブンブン丸」と呼ぶ男のエピソードでした。
今回は、イケメンすぎる浪人生・上野についてのエッセイです。

また、各話のイラストは、「別冊マーガレット」で男子校コメディ『かしこい男は恋しかしない』連載中の凹沢みなみ先生によるものです!
お二人のコラボレーションもお楽しみください。

京大法学部を受験し爆死したイケメン

 前回は私の浪人時代にできた数学ブンブン丸・片平が、一浪同志社でどうしても我慢できず二浪京大落ち早稲田となった経緯について詳述させてもらった。今回はもう一人、浪人時代に出会った友人を紹介したい。

 彼は上野といって私と同じ某R高出身なのだが、浪人するまで面識はなかった。というのも、彼は某R高に中学から通う中高一貫エリートだったからである。はっきり言って理三や京医に合格するのはまず間違いなく中高一貫コースの人間だけだった(現在では途中で中学組と高校組を混ぜる試みが行われているという噂を聞いたが、高校組に対する効果のほどはわからない)。中学組と高校組の学力の平均を取れば基本的に中学組が圧倒するわけだが、中学組の中には破壊的な学習スピードと周囲の優秀さにやられまくって戦意を喪失する者もおり、高校の本当の最下層には中学組が鎮座しているとも言われていた。上野はといえば最上位層ではなかったが最下層に落ちるわけでもなく、初期の頃はかの有名な鉄緑会に通っていたらしいが途中でやめ、ちょっと微妙な成績になっていって京大法学部で爆死していた。つまり現役時代の着地点は私と同じだったのである。

 私は浪人生活を駿台京都南校で過ごしたのだったが、上野は駿台京都校に所属していた。京都南校は京都駅前、京都校は二条城近くにあり、普段の講義でまじわることはないのだが、私が高校時代に唯一しゃべっていた京都女子高校のかわいい女友達(言ってしまえば私の作品『サークルクラッシャー麻紀』に登場する麻紀のイメージはほとんどすべて彼女から得ている)も駿台京都校で浪人していて、何かのきっかけで三人が繋がって仲良くなったのだった。ちなみに麻紀ちゃん(もうここでは麻紀ちゃんと言わせてもらう)も上野も家は京都南校の方が近かったので、私たちは自習室などで頻繁に出会うようになった。それはそれでよかったのだが、そこに大きな、いや、大きすぎる問題が一点存在した。それは、上野がめちゃくちゃなイケメンだったということである。なんというか成宮寛貴と玉木宏を足して2で割ったような感じで、男の私ですら緊張してしまうような容姿端麗ぶりだったのだ。

 当然のことだが、上野は女の子から激しい人気を得ていて、京都南校でも京都校でもいろんな女の子が彼に寄っていき、「上様」と呼ばれるほどの人気を博していた。麻紀ちゃんではない他の京女生の一人(仮にTさんとしておく)がひときわ猛烈にアプローチしていて、上野はそれに冷たい対応を繰り返していた。ちなみにTさんも京都校所属で、家は京都南校に近いわけでもないのに、多分上野が南校で自習するからこっちに来ているような雰囲気だった。それにしても上野の態度があまりにも冷たいので、「ひどすぎちゃうん」と私が言うと、「変な気ぃ持たせたらめんどくさいから」とスーパーイケメン回答をいただき、私は頭がクラクラしてしまうのだった。ちなみに言っておくが、Tさんも結構かわいいのである。私はTさんからあれだけ激しくアプローチされたらおそらく交際していただろう。いや、間違いなく交際していた。絶対にTさんはかわいかった。

 ある時、ブース式ではない開放自習室で私や上野やTさんが自習していて、ちょっとした休憩中に上野がTさんにきつく当たりすぎて、その後Tさんが自習席で涙を流していたことがあった。さすがにかわいそうだったので私は上野に「言いすぎちゃう?」と忠告したが、上野は「いや、佐川は見てへんと思うけどあいつ京都校でもウザすぎて。もうあんくらい言わなわかりよらん」などとイケメンにしかわからない謎の言葉を唱えていた。

 その後、私は少しTさんが気になっていたのだが、一度自習中にTさんが落とした消しゴムを拾って渡したことがある。

「落ちましたよ」

 その時、Tさんは私のことを見るやいなや、ほとんど汚物でも見るような顔に変わり、礼も言うことなく私の手からすばやく消しゴムを奪い取った。単純すぎる私はその日以降、「上野、もっと言ったれ!」という方向性にシフトしたのだった。

 駿台京都校では上野と麻紀ちゃんが仲良くしているのが目立っていたようで、麻紀ちゃんは結果的に京都校と京都南校の両方をざわつかせていた。京都校に通っていた某R高の浪人仲間の証言によれば、二人は休憩時間によくしゃべっているらしく、何の経緯か忘れたが上野のチャリで二人乗りしてどこかに出かけていたこともあったらしい。二人は付き合っているのかな、と私も思っていたが、それぞれに聞くと「ないない」と言うのだった。友達として付き合うには楽しいけど、恋愛対象ではない――それが二人の共通見解のようだった。周りにギャースカ言われるのが面倒で隠しているのか?とも思ったが、どうやら本当に付き合ってはいないようだった。

 そういうわけで、上野自身はいいやつなのだが、私は上野と楽しく話しながらも「●す……」と思っていた。こういう女の子にキャーキャー言われている人間に偏差値で負けることは許されない。確かに、某R中高という鬼の六年を過ごしているわけだから、現役で京大に落ちたと言っても地肩が違う可能性はある。それでも、私は絶対上野に負けるわけにはいかなかった。女の子にキャーキャー言われている奴に偏差値で負けることは、誰が何と言おうと死だった。いや、ほとんど死を超えていた。この点に関しては当時、かなり多くのクソガリ勉浪人生どもからも共感を得られた。お前にはその顔しかついていない、誰がどう見てもその顔で上野に勝つことはできない、その上お得意の勉強で負けてみろ、もう切腹するしかねえぞ!!

 実際には上野も当然頭がいいので、顔も成績も上野にやられていた人間は多かった。恥ずかしくないんかいお前コラ!とそのたびに私は何人かの某R高生を激励した。前回述べたとおり、私は浪人の前期においては無双していたので、おそらく上野に負けたことはなかったはずである。

 上野は不思議と私のことを気に入ってくれて――なんだか私は自分が気に入られた話ばかりしている気もするが、ネタにならないので書かないだけで、気に入られなかったことのほうが圧倒的に多い。猛烈な偏差値至上主義の、人間の価値を偏差値でしか見ない、「顔つきを見れば大体の偏差値がわかる」と言ってはばからないような、死んだ目をした男を気に入る人間がそんなに多いわけはない。みなさんはここで私の詐術にかからず、私をまともな人間だとは、あるいはまともな人間だったとは思わないでいただきたい――、京都南校の近くにある「なか卯」で一緒にご飯をよく食べた。私も上野がキャーキャー言われていることにはイラだっていたが、別に上野も成宮寛貴と玉木宏を足して2で割った顔に生まれようとして生まれたわけではないし、あのR中高に六年通っていたということは私よりも苦労が多かっただろうし、何より私が小学生時代に鼻を垂らしながらダービースタリオンで駄馬を量産しているあいだ、上野は浜学園だか希学園だかで生き馬の目を抜くような競争を乗り越えてきたに違いないのだ。

 上野も私も京大法学部志望だったから、将来のことについてなか卯で話すこともあった。上野はやはり将来は弁護士になりたいのだと言っていて、私も「まあ法学部やしな~弁護士かな~」と答えていた。上野は弁護士になりたいという思いをかなりはっきり持っていたが、私はそうではなかった。たまに上野が弁護士に対する熱い思いを語ってきた時にも、「なるほどな~」みたいなヌルい答えをするだけで、「佐川はどうなん? 俺らのときにはロースクールに入らなあかんよな」みたいなことを言われても、「ロースクールな~あれうまくいくんかな~」とヌルヌルしゃべるだけだった。

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新刊紹介

佐川恭一

さがわ・きょういち
滋賀県出身、京都大学文学部卒業。2012年『終わりなき不在』でデビュー。2019年『踊る阿呆』で第2回阿波しらさぎ文学賞受賞。著書に『無能男』『ダムヤーク』『舞踏会』『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』など。
X(旧Twitter) @kyoichi_sagawa

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