よみタイ

ブームにしばしのお別れを。電気風呂にミニプール、サウナだけじゃない銭湯の楽しみ方

 そしてもうひとつのお楽しみ。それが「電気風呂」である。
 電気風呂とはその名の通り、浴槽内に取り付けられた電極から微量の電流が流れ出しており、お風呂につかると体がチクチクするという代物である。ちょっとしたアトラクション感覚で入ると思わぬしっぺ返しを食らうこと必至である。とにかく痛い。辛い。不快だ。
 気持ちよくなることが目的の銭湯で、わざわざ痛い思いをする意味がわからない私は、電気風呂を毛嫌いしてきたのだが、よくよく調べてみると、電気風呂の効能は血流の改善による冷え症の克服、肩こりや腰痛、関節、神経痛にまで効果ありと、四十も半ばに差し掛かった今の私には何ともありがたいものばかり。そういえば、もうすぐ百歳になる田舎の婆ちゃんも、週に2度ほど病院で受ける電気マッサージが健康の秘訣だと言っていた。
 よし、エレクトリックな健康の世界へと踏み出そう。強い決意を胸に何度か挑戦してみるものの、やはり激痛に耐えきれずあえなくギブアップ。
 しかし、これはこれで新たな目標ができたともいえる。いつか、この電気風呂に肩までつかり百まで数える日が来るまで、私は銭湯に通い続けよう。そしてそのたびに「痛い!」と情けない声を上げ続けよう。「痛い」ということは「生きてる」ってことだから。

 今から十年ほど前、七年間付き合った恋人にフラれ、頼りにしていた先輩もこの世を去ってしまった人生の暗黒時代。自分で死ぬ勇気もなく、ならばこの街で働けば、誰かがきっと私を殺してくれるはずだと、そんな淡い自殺願望を胸に、私は新宿歌舞伎町のバッティングセンターで働き始めた。
 無理に死にたくはないけど無理に生きていたくもない。そんな日々に疲れ切ったとき、バッティングセンターの配電設備の隙間に無理やり指を突っ込んでは「ビリリッ!」と死なない程度に軽く感電をして、弱りきった自分の心と体に喝を入れていた。これだけ毎日感電を繰り返していたら、自由自在に電気を操れるX-MENみたいなミュータントになれるんじゃないかとバカげたことを夢見ながら、来る日も来る日も我が身に電気を流し続けていた。

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新刊紹介

爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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