2026.7.1
デビューしてもまだ新人賞に応募する男・リューノスケ【新人賞コンプレックス 第3回】
小説家としてデビューするまで「8浪」かかったという大滝さんは、現在でも「新人賞コンプレックス」を抱えているそうです。
そんな大滝さんが、強烈な「新人賞コンプレックス」を抱えた人間たちを描く、前代未聞のエッセイです。
前回、新人賞界のバーサーカー・ナオキを紹介しました。
今回は、デビューしてもまだ新人賞に応募する男・リューノスケのエピソードです!

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デビューしてもう何年も経つのにまだ新人賞の話ばかりしている恥ずかしい作家がいる。私である。
新人賞を獲らずして小説家になった私が学歴コンプならぬ新人賞コンプを恥ずかしげもなく晒し散らかすこの連載だが、正直なところ、おもしろいのかどうか私にもあまりわかっていない。ただ、原稿を渡すと担当編集者はゲラゲラ笑ってくれているし、前回イジり倒した新人賞バーサーカー・ナオキからも「素晴らし仕上がりです」とお褒めいただいた。このまま新人賞界の「wakatte TV」と呼ばれるべく、ガンガン書いていきたいところである。
さて先ほどあたかも日本国民の基礎教養かのように「wakatte TV」という単語をポロリしたが、これは「学歴バラエティ」なる癖が強めのYouTubeチャンネルである。出身ないし在学中の大学の偏差値をどうのこうのイジる笑いが多く、私としては正直笑いにくいネタが多いのだが、MCの「ふーみん」にはなぜか共感することが多い。
恰幅の良い体に赤いパーカーとメガネがトレードマークの彼は、淡路島の北淡中学出身(※私の時代は「北淡西中学」と「北淡東中学」に分かれていたが、2004年に統合し「北淡中学」となった)らしく、これは私の故郷の隣町だ。私は現・淡路市にある東浦中学という、阪神タイガースの不動の1番打者として爆裂活躍中の近本光司の出身校に通っていた。近本選手の阪神入団以降、私の父はシーズン中は聞いてもいない阪神タイガースの試合結果を連日大声で語り出すようになってしまったが、それはまたの機会に話すこととして、私が「ふーみん」に共感を抱いたのは『ふーみんの父親が登場!淡路島思い出の地を巡る 【wakatte TV】 #574』という動画である。
この動画で彼は「淡路島を出たいって思いが強かった」「めっちゃイジめられてたから、この島を出たる‼︎っていうので勉強頑張ってた」と語っており、実際に彼は高校から推薦枠で島外の進学校(明石北高)へと入学する。この「島から出るために勉強を頑張った」というのは、実のところ私も思い当たる節がある。
今と昔では淡路島の教育・進学の環境は異なっているが、私が中学生だった当時、公立高校の学区は淡路島島内に限られており、私の住む地域で通える普通科高校は「津名高校」か「洲本高校」の実質2択だった。島の北部の普通科志望の子どもは最寄りの津名高校に進学するのが一般的で、基本的に何も考えずに中3まで過ごしているとこのルートに入る。つまり私は気がつけば津名高生になっていたわけだが、「津名高じゃない選択」をした子どもたちは自身のアイデンティティに関する大なり小なりの悩みを持ち、それぞれの決断をしたのではないかと思えるのだ。それはふーみんのように「めっちゃイジメられていた」かもしれないし、近本(社高)のようにバチくそ野球ができたかもしれないし、「電車でGO!」を日本の宝だと崇め奉っていた私の同級生のK君(神戸高専)のように鉄道関係の仕事に就くのを目指したからかもしれない。
私は高校1年〜2年の間に、遅れてきた厨二病を重く患ってしまったせいで人間関係がうまくいかなくなった黒歴史がある。そのとき、「気づけば津名高校にいた」という自分で何も選んでこなかったことを恥じ、自分自身が何か行動を起こさねば現状は変わらないと知った。何かしなければ──と思ったものの、なんの取り柄もない田舎のクソガキにできることなんてマジで勉強しかなく、私は机に向かった。そのとき私の頭にあったのも「淡路島を出たい」だった。島の外に出れば全部リセットできると思っていたし、人間関係だけでなくキモい自分自身も消すことができると本気で思っていた。
そうした自分の過去があるからこそ、学歴ネタに顔を顰めつつもふーみんに強く共感してしまう。淡路島から明石北に進学し、そこから京大に現役合格というのは並大抵の努力ではなかっただろうことは想像に難くない。3,911mの明石海峡大橋が淡路島の子どもにとってどれほど長いかを知らなければ、この気持ちはきっとわからない。
「言ってみればこんな話だが、本当はそうじゃない」
私が最も好きな小説、リチャード・パワーズの『ガラテイア2.2』はこのような一文から始まる。「むかしむかしあるところに」的な、どこかの国の昔話の枕詞らしく、現実とフィクションの境界を明示する言葉だ。本当のことを話すための嘘を話す──そんな自己矛盾めいたためらいがこの言葉にはあって、私はそこに「人生」としか呼びようのない深さを感じる。勉学を志すための勉強じゃなかったのに京大を目指していたりするのも、ただの暇つぶしだった文学が仕事になっていたりするのにも、同様の自己矛盾を感じる。人生とは、決して消えずに残り続けるしかない自己矛盾の塊だ。
今回は、田舎の神童→受験ソルジャーを経て、前回のナオキとはまったく違うタイプの新人賞バーサーカーとなったリューノスケを紹介しよう。
「ぶっちぎりでおもしろい」のに絶対に新人賞を獲れない
「リューノスケさんってどんな方なんですか?」
同業者に会うと高確率でこの質問をされる。
リューノスケは一部の読者と業界人から熱狂的な支持を集める人気作家である。破天荒な作風と滅多に人前に現れない孤高のスタイル、そして「京大文学部卒 無職」とだけ書かれたヤバすぎるSNSのプロフィールゆえに、「直接コンタクトをとってヤバいヤツだったらヤバいがどんなヤバいヤツか気になる」的な感じで、私をクッションに探りを入れられるわけである。
良い機会なので、ここで彼についてめっこり話しておくことにしよう。
滋賀県の田舎町の神童として育ち、進学した高校で学歴ソルジャーとして鍛え上げられた彼は、1年の浪人を経て京都大学文学部へと進学する。もともと法学部志望で文学に興味がなく、文学部の飲み会で「夢は小説家です!」とほざく連中をアホだと思うタイプの人間だった。しかし当時のパートナーが「坂口安吾とか三島由紀夫を読んでないヤツはアホ」という思想を持つストロングスタイルの文学女子だった影響で読書が習慣化し、小説の世界にのめり込んでいったという。
そして就活時期に差し掛かり、仲間内の悪ノリと就職したくない気持ちが炸裂して書き上げた長編小説が初の新人賞応募作となり、これが1次選考を通過した。これは完全にキタな……と全能感ギャンギャン状態の彼は、遠くない未来で芥川賞を楽勝で受賞したのち、大江健三郎との対談で『見るまえに跳べ』(新潮文庫)を軸にしたスリリングな議論を展開する自分の姿をはっきりとイメージできたそうだ。一瞬でデビューできるだろうと踏んでいた彼であったが、新人賞への応募はその後15年続くこととなる。
私と彼はアマチュア時代からの腐れ縁であり、小説投稿サイトで知り合った。
お互いが今よりずっと気楽な身だった時は2、3ヶ月に1回くらいは一緒に飲みに行っていた。そこでは最近の文学動向や次に応募する新人賞、駿台模試と河合塾の全統模試の違い、彼の出身高校の京大合格者数などの話題に花を咲かせ、お互いベロンベロンに酔っ払った後「日本文学に一発カマしたらなあかんな!」「芥川賞とかひとひねりやわ!」などのやたら汗臭い鼓舞をして解散するのが常だったが、我々は芥川賞はおろか、純文学五大文芸誌新人賞で最終候補にすら入ることもできなかった。
リューノスケがこのことをどう思っているかわからないが、「何年もトライして新人賞の最終候補に一度も残らなかった」という事実は私のトラウマになっている。純文学業界とは違う場所で著作業をおこないつつ、未練がましく純文学について語ってしまう私の性分は確実にこのせいだろう。
では我々が当時書いていた作品はおもしろくなかったのだろうかと言われれば、少なくともリューノスケはそうではなかった。彼の当時の作品は、人気作家として活躍する現在と比較しても遜色ないほどおもしろかったのだ。
圧倒的におもしろいのに絶対に新人賞を獲れない──そんな彼の作風を象徴するのが、彼の商業誌デビュー前夜のエピソードである。
ある日、一足先に新人賞を受賞してデビューした友人から「リューノスケが新作を書き上げたらしいので久々に読んで感想を交換しよう」と誘われた。私は同意した。ただ、いつも通り我々二人で読んだところで新しい発見がないように思え、彼の小説を読んだことのないひとを加えてみてはどうかと提案した。
そこで私はデビューしたばかりの新人SF作家・キクチに声をかけ、リューノスケの原稿ファイルを渡したのだった。キクチは原稿を受け取るとすぐさま読み始め「ヌーヴォーロマンを齧った学生が書きそう」「文章は端正であり、キャラクターも立っているから、変なことをしなければ読める小説にはなってそうだな……」などのリアルタイム感想をDMでひっきりなしに送ってきたのだが、三十分ほどするとそれがピタリと途絶えた。飽きたのかな……と思っていた二時間後、キクチから返事がきた。
「感動しました。彼は天才です」
後日、私、友人、キクチの三人でスカイプ読書会を開催した。その場で私と友人は「まぁおもしろいはおもしろいけど、いつものリューノスケって感じよね」という感想で一致していたが、キクチは「は? これがいつも通り?」と驚愕し、リューノスケの作品がいかに素晴らしいかを長尺早口で我々に説いた。我々は「フム」と頷くと同時に、誰にどんな小説が刺さるかはわからんもんやなと感動を覚えていた。キクチがあまりにも力説するので私は「これ純文学の新人賞に応募するらしいんですけど受賞できますかね?」と訊いてみたら、彼は秒で「それは絶対ないです」と言い、「でも傑作ですよ、これ」と付け足した。
〝傑作〟との邂逅に興奮するキクチは「この作家に作品はどこで読めるのか? 読める作品はすべて読みたい」と言い出した。そしてウェブ上にあるリューノスケ作品をすぐさま読み尽くし、それでも満足できなかった彼はリューノスケと直接コンタクトをとり、未発表原稿まで読破した。
そんななか、キクチは大手出版社S社で文芸編集者をしている友人から「誰かおもしろい作家知らない?」と聞かれた。嘘みたいにドンピシャのタイミングである。このときキクチの頭の中にリューノスケ以外の作家が存在していなかったことが、彼の運命の扉をこじ開けたのだった。
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