よみタイ

ブームにしばしのお別れを。電気風呂にミニプール、サウナだけじゃない銭湯の楽しみ方

 サウナに別れを告げた私が、銭湯で見つけた新しい楽しみ。それが「プール」と「電気風呂」であった。
 プールといえば、学校のプールやナイトプールといったでっかいプールを想像するやもしれないが、私のお気に入りは、銭湯内に併設されたミニプ―ルである。大きさにして全長3~5メートルぐらいのもので、その数は少ないものの、ミニプールを設置している銭湯が都内にもちらほらと見受けられる。

 特におススメなのが、東中野にある「アクア東中野」のミニプールである。
 銭湯には珍しい屋外プールで、ぬるま湯よりもちょっと低いぐらいの20度前後の水温がなんとも心地良い。サウナのように熱くもなく、水風呂のようにキンキンに冷えているわけでもない。なんとも中途半端で、乱暴に言ってしまえば生ぬるい温度がこんなにも気持ち良いだなんて知らなかった。人生もお風呂もぬるま湯ぐらいでちょうどいい。
 そうか、これは仏教用語における「中道」の考え方にも通ずる。熱くもなく、冷たくもなく、はたまた真ん中でもなく、自分だけが心地いいと思えるちょうどいい温度。私にとってのそれがアクア東中野のプールの温度なのだ。これぞまさに聖地である。

 いっさいの思考を停止し、徒然なるままにプールにプカプカと浮かぶ。天井が吹き抜けになっているので、空の様子がよく見える。ああ、もう何にもしたくない。ふと横を見ると、爺さんにおっさんに子供たち、歳も育ちも顔もバラバラの男たちがちんちん丸出しでプールに浮かんでいる。今日だけはみんなして人生グダグダでいきましょうや。
 サウナとは一味違った自堕落な楽園、誰にも邪魔をされないユートピアがそこにあった。鬱病の治療にプールが有効だという研究論文が発表されているのもある意味納得だ。常にギリギリな人々よ、人生に簡単に絶望する前に、アクア東中野のプールに一度その身を浮かべてはみないか。いい加減に生きることを許されない世の中だ。お風呂の湯加減ぐらいはいい加減でもいいだろう。

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新刊紹介

爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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