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影の主役は菅首相。コロナ禍でも平成以降の単独市長選で最高の投票率。横浜市長選挙の熱きバトルの裏側

現職の強さを発揮できず敗れた林文子候補。(撮影/畠山理仁)
現職の強さを発揮できず敗れた林文子候補。(撮影/畠山理仁)

「ウソつき」は批判の範囲だが、「クソババア」はいただけない

 選挙戦を取材していると、候補者の多様性はもちろん、有権者の多様性にも気づく。
 林文子候補の朝の挨拶を取材しているときには、通りすがりの女性が林候補に向かってこんな言葉を投げつけるシーンに遭遇した。

「ウソツキ! クソババア!」

 それでも林候補は顔色を変えず、駅に向かう人たちに手を振り続けた。
 この女性が「ウソツキ」と言ったのには理由がある。林候補は前回選挙で「IRは白紙」と言って当選したが、その2年後、「IR推進」に舵を切ったからだ。女性の「ウソつき」という批判は、林候補の変節への批判だと思われる。
 これはまだ批判の範囲かもしれない。しかし、「クソババア」はいただけない。せっかく選挙に立候補してくれた人を攻撃することは、有権者の利益にならない。そもそも誹謗中傷で候補者を傷つける権利などない。批判は投票行動で示すのが民主主義だ。
 もし、「クソババア」という罵声も我慢しろということになれば、立候補してくれる人は確実に減る。女性候補がなかなか立候補してくれないのも、セクハラや「票ハラ」が横行する現状を見ているからだ。これは直ちに改めてほしい。候補者の多様性が担保されないのは、権利を履き違えた有権者のふるまいも一因になっている。

 手を振る活動を終えた後、林候補はマイクを握って演説した。最初のテーマはIR。「誘致することで横浜市には1000億円の収入が入る」「カジノ部分は全体の3%」「施設の建設費は業者が出すので市の負担は一切ない」「ギャンブル依存症の心配もない」と自らの言葉で丁寧に説明した。
 足を止める人は少ないが、時々、「IR、やってください」という人がやってきてグータッチをする。男性もいれば女性もいる。
 この日の演説会が終了した後、林候補は車に乗って次の演説場所へと向かった。演説会場でスピーカーを片付けていたのは、林氏を支援する6人の自民党市議たちだ。私はベテラン市議の一人に「先ほど林さんが罵声を浴びせられていましたね」と声をかけた。

「ああ、ウソツキ、クソババア、って言ってた女性ね。本当に困ったもんだ。お前がクソババアだろ! って思うよ」

 私は絶句するしかなかった。

 選挙戦最終日に林候補があざみ野駅で行った演説も見に行った。すると、そこでも驚くべきシーンを目撃した。演説終了後の林候補に「カジノはやった方がいい」と声をかけてきた男性の顔に見覚えがあったからだ。

「あ! 加藤さん!」

 その男性は2021年3月の千葉県知事選挙に立候補した加藤健一郎氏だった。加藤氏は政見放送で「私の現在の夢は千葉県知事に当選して、小池百合子氏と結婚することです」と打ち明けて大きな話題となった人物だ。その加藤氏がなぜここにいるのか。

「知人を訪ねて来たら、偶然、林候補の演説に出くわしたんです」

 本当に選挙は何があるかわからない。
 林候補は投開票日に行った敗戦の弁で「2年前にIR推進の記者会見をしてから反対の嵐の中で生きてきた」と言っていた。しかし、選挙で政策を説明することで、「IRやってね」という声があることを再確認したという。なんと、そのうちの一人は横浜市長選挙の選挙権を持たない加藤氏だったのだ。

千葉県知事選挙に立候補した加藤健一郎氏(写真左)と林候補。(撮影/畠山理仁)
千葉県知事選挙に立候補した加藤健一郎氏(写真左)と林候補。(撮影/畠山理仁)
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新刊紹介

畠山理仁

はたけやま・みちよし●フリーランスライター。1973年生まれ。愛知県出身。早稲田大学第一文学部在学中の93年より、雑誌を中心に取材、執筆活動を開始。主に、選挙と政治家を取材。『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』で、第15回開高健ノンフィクション賞を受賞(集英社より刊行)。その他、『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)、『領土問題、私はこう考える!』『コロナ時代の選挙漫遊記』(ともに集英社)などの著書がある。またその取材活動は『NO 選挙, NO LIFE』(前田亜紀監督)として映画化された。
公式ツイッターは@hatakezo

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