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影の主役は菅首相。コロナ禍でも平成以降の単独市長選で最高の投票率。横浜市長選挙の熱きバトルの裏側

当選したのは「唯一のコロナ専門家」というキャッチコピーが目立った山中候補。(撮影/畠山理仁)
当選したのは「唯一のコロナ専門家」というキャッチコピーが目立った山中候補。(撮影/畠山理仁)

20時ちょうどに報道各社が「山中候補当確」を出す圧勝

今回の横浜市長選挙で当選したのは、「コロナの専門家」を全面に打ち出した山中竹春候補だ。山中候補は横浜市立大学医学部の元教授で、立憲民主党が推薦、社民党、共産党が支援した。これが「与党」対「ほぼ野党」の構図を成立させることになった。

 山中候補が獲得した票は、50万6392票(得票率33.59%)。選挙前は「候補者が多いために票が分散して、誰も当選に必要な法定得票数(有効投票総数の4分の1)をクリアできないのではないか。その場合は再選挙になるのではないか」という声もあった。しかし、実際には20時ちょうどに報道各社が「山中候補当確」を出す圧勝だった。
 山中陣営の記者会見は20時過ぎにすぐ始まった。各候補者の敗北宣言も20時台に行われた。市長選挙の開票開始時刻は21時30分なのに、ほとんどのイベントが開票開始前に終わってしまった。

 選挙前は「カジノを含む統合型リゾート施設(IR)誘致」が最大の争点になると言われていた。現職の林文子候補は「IR推進」。福田峰之候補も「IR賛成」。それに対して山中候補は「カジノ(バクチ)誘致を即時撤回!」と訴えていた。
 しかし、立候補表明直前まで自民党神奈川県連の会長を務めていた小此木八郎候補が「多くの住民が反対するIR誘致は完全に取りやめる」と言った時点で、IRは大きな争点ではなくなった。小此木候補は横浜で多数を占める自民党や公明党の地方議員からも支援を受けていたからだ。それほど横浜では「IR推進」の声は小さくなっていた。

 それよりも有権者が注目していたのは、「新型コロナウイルス感染症の拡大」だ。選挙期間中に横浜市内の感染者数は増加傾向となり1000人を超えた。有権者の多くが現在の「新型コロナウイルス対策」に不満を抱き、なんとかしてほしいと考えていた。そうした有権者の思いが新型コロナ対策で結果を出せていない菅義偉政権への批判と結びついた。
 実は新型コロナウイルス対策について、各候補者間に大きな方向性の違いはなかった。山中候補が訴えていた「希望者へのワクチン接種の超加速化」「PCR検査や抗原検査の拡充」も複数の候補が言及している。
 コロナ対策については方向性が一致しているのに山中候補が票を集めたのは「唯一のコロナ専門家」というキャッチコピーが大きく影響したと私は思っている。なぜなら、この「コロナ専門家」というキャッチフレーズは、他の陣営から批判の対象となっていたからだ。裏を返せば「有権者に刺さるコピー」と他陣営に認識されていたということになる。
 小此木八郎候補の応援演説に立った島村大参議院議員も「コロナの専門家と言っているが、医療人ではない。データ分析の専門家なんです」とわざわざ解説を加えていた。
 コロナ対策で独自のアイデアを提唱したという点では、田中康夫候補が目を引いた。
 田中候補は「旧上瀬谷通信施設公園跡地に消防・救急と医療・保健のレスキュー拠点をつくる」と訴えた。また、コロナ禍で理不尽な飲食店いじめ行政が行われているとして、「カップルも家族連れも静かに飲料を含む食事を楽しむ『孤独のグルメ方式』ヨコハマ版を導入する」と提案した。山中候補を含めた候補者たちが「対策強化」などとざっくりした政策を訴える中、具体的な政策を提示していた。
 田中候補は街頭演説場所に到着すると、自ら有権者の間を回って政策ビラを手渡す。演説でも思い入れたっぷりに自身の政策「12の取り組み YOKOHAMA2021」を語る。政策の説明は、具体的かつ詳細なため話が長い。しかし、合間に笑えるボヤキを入れて聴衆を飽きさせない。演説が1時間以上続いても、足を止めた人がその場を離れることはほとんどない。街宣車で移動する間のマイクも本人が握っていた。
 今回、自身の言葉で政策を語った候補者を順番に並べると、田中康夫候補、福田峰之候補、松沢成文候補になるのではないか。いずれも国会議員経験者だ。山中候補は初めての挑戦ということもあり、演説には初々しさが残っていた。辛辣なベテラン記者は「演説が下手」とはっきり言っていた。

さすがの演説上手は田中康夫候補。長時間の演説でも聴衆の足を止めさせていた。(撮影/畠山理仁)
さすがの演説上手は田中康夫候補。長時間の演説でも聴衆の足を止めさせていた。(撮影/畠山理仁)
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畠山理仁

はたけやま・みちよし●フリーランスライター。1973年生まれ。愛知県出身。早稲田大学第一文学部在学中の93年より、雑誌を中心に取材、執筆活動を開始。主に、選挙と政治家を取材。『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』で、第15回開高健ノンフィクション賞を受賞(集英社より刊行)。その他、『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)、『領土問題、私はこう考える!』『コロナ時代の選挙漫遊記』(ともに集英社)などの著書がある。またその取材活動は『NO 選挙, NO LIFE』(前田亜紀監督)として映画化された。
公式ツイッターは@hatakezo

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