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影の主役は菅首相。コロナ禍でも平成以降の単独市長選で最高の投票率。横浜市長選挙の熱きバトルの裏側

桜木町駅での山中候補の最終演説。コロナの専門家を大きく謳った選挙カー。(撮影/編集部)
桜木町駅での山中候補の最終演説。コロナの専門家を大きく謳った選挙カー。(撮影/編集部)

決まっているのに演説場所を明かさないのはいかがなものか

 もう一つ、今回の横浜市長選挙では特徴的な動きがあった。それは本格的な「落選運動」が展開されたことだ。

 一時は横浜市長選挙に出馬の意向を表明した弁護士の郷原信郎氏が選挙には立候補せず、小此木八郎候補と山中竹春候補を名指しして落選運動を始めたのだ。
 とくに山中候補に対する落選運動は厳しかった。郷原氏は山中候補に「パワハラ疑惑」があるとして、選挙期間中に山中氏の音声ファイルを公開した。夕刊紙風チラシも独自に作成した。そして、推薦を出した立憲民主党には「製造者責任がある」と訴えた。

 しかし、選挙中に山中陣営から疑惑についての詳細な説明や反論はなされなかった。
 すると、不思議な動きが起きた。選挙戦前半は遊説日程を公開していた山中陣営が、後半戦になると「横浜市内各所を回ります!」という告知しかしなくなったのだ。
 私が選挙戦最終日の演説予定を聞いた時も、教えてくれなかった。電話に出た事務所の女性は「お答えしたいんですが全く決まっていません。本人が行きたいと言った場所に行きます」という。さすがに最終演説場所は決まっているだろうと思って聞くと「決まっていない」との答えが返ってきた。信じられない。
 私がこの顛末をツイッターに書くと、それを読んだ人たちからは様々な反論があった。

「嫌がらせや妨害を避けるために予定を教えないのでは」
「しつこい妨害や嫌がらせが起きていることを取材して報じるべきだ」

 もし、そんなことが本当に起きているなら大問題だ。正当な批判は許されても、選挙運動を妨害することは許されない。ますます取材する価値がある。しかし、事務所が「決まっていない」というのだから、どこに行けばいいのかわからない。
 私が表から山中事務所に予定を聞いたのには、もうひとつ理由がある。それは横浜の有権者から「ぜひ本人の演説を聞いてみたいのに候補者本人に直接会えない」という声を聞いたからだ。もちろん、私自身も選挙戦最終盤の演説を生で聞きたいと思っていた。

 私は過去にも演説場所を明かさない候補者の演説場所を突き止めてきた。突き止めるにはいろんな方法がある。ところが今回の山中候補の場合、調べてみると、実はすでに最終演説場所が決まっていることがわかった。
 私がツイッターに「信じられない」と書いたのは、本当は決まっているのに明かさないことが問題だと思ったからだ。妨害や嫌がらせが起きているのなら、そのことを正直に伝えて世に問うべきだ。選挙運動は妨害されない権利がある。間違っているのは妨害する側であり、候補者は堂々と表に出て主張を続ければいい。山中候補はたった一人で活動しているわけではなく、周囲には支援するスタッフがたくさんいる。堂々としていればいい。

 最終日の午後14時17分、ようやくマイク納めの場所が「19時30分~桜木町駅東口広場」であることが山中氏のツイッターで告知された。すでに予定を把握していた私は現場の最前列で1時間前から待っていた。19時半になると、会場には500人近い聴衆が集まった。
 会場には、横浜の政財界に影響力を持つ「ハマのドン」藤木幸夫氏も現れた。藤木氏はIR事業誘致に反対する港運事業者の団体「横浜港ハーバーリゾート協会」の会長だ。かつては菅義偉首相と蜜月関係にあったことでも知られる。今回、山中竹春候補を全面支援すると表明した藤木氏が、マイクを持って短く演説した。

「明日が本番ですよね。いろんな要素があった選挙です。たんなる市長選挙じゃない。あたしに言わせるとね、悪いけど、あたし個人から見ると、あたしと菅のケンカなんですよ」

 藤木氏の言葉に聴衆から笑いが起きる。

「菅はねえ、小僧からあたしのところにいたけど、今はねえ、ああなっちゃったけど。あれはあたしが落ちぶれたわけじゃないんだ。あいつが騙かしてああなっただけのことだ。みなさん、このケンカであたしは負けたくないから助けてください。よろしくお願いします」

 聴衆から大きな拍手が巻き起こる。やはり、今回の横浜市長選挙における影の主役は菅義偉首相だった。

桜木町駅前での最終演説を終え、筆者の質問に答える山中候補。(撮影/畠山理仁)
桜木町駅前での最終演説を終え、筆者の質問に答える山中候補。(撮影/畠山理仁)

 最終演説終了後、私は山中候補を追いかけた。郷原氏から落選運動の対象として名指しされ、音声ファイルが公開されたことを本人がどう受け止めているか聞くためだ。

「毎日毎日、市民の皆様に私の考えと政策を伝えることだけを考えて毎日活動してまいりました」

 山中候補は公開された音声について触れなかった。
 予定を公開しなくなった理由については、他の候補者との兼ね合いや天候の変化などを総合的に勘案し、「柔軟な対応ができるようにしたという次第です」と説明した。
 私は最後に「選挙中に妨害や嫌がらせなどの行為はあったのか」と聞いた。山中候補の支援者と思われる人たちから「畠山は山中候補に対する妨害行為を取材するべきだ」という声が寄せられていたからだ。
 ところが山中候補は明確にこう答えた。

「とくにございません」

 ぶら下がり取材の最後には、同じ場所にいたフリージャーナリストの田中龍作氏が山中候補にこう投げかけた。

「木曜日に週刊誌のスキャンダルが出ると言われていますが、どうですか」

 すると陣営のスタッフが山中候補と記者の間に割って入り、取材を強制終了させた。

「それはわかりませんので、じゃあこれで」(スタッフ)

 山中候補はスタッフに連れられてその場を後にした。

 今回の横浜市長選挙で、「ほぼ野党」統一候補である山中竹春候補は勝利を納めた。現職の大臣を辞して立候補し、落選した小此木八郎候補は「政界引退」を表明した。野党は大きな勝利を収めたかに見える。
 ただし、これから先に行われる選挙で野党が勢いづくとは限らない。
 たとえば茨城県知事選挙では、自民党・公明党・国民民主党推薦の候補と共産党の推薦候補の戦いとなっている。この選挙で立憲民主党は自主投票を決めた。三重県知事選挙でも自民党と立憲民主党はあいのりで、共産党推薦の候補予定者と戦うことが見込まれている。独自の候補者を立てられず「与党対野党」の構図を作れない選挙もある。
 内閣支持率の低下は、すぐに「政権交代」に結びつくわけではない。有権者にとって大切なのは「投票したいと思えるような候補者がいるかどうか」だからだ。
 そのためにも、与野党問わず各政党には、有権者からの疑問に正面から答える候補者の擁立を期待したい。疑問や批判を「妨害だ」と先回りすることは候補者のためにならない。大切なのは有権者に正しい情報を伝えることだ。
 もちろん私は新たな無所属候補の挑戦も心待ちにしている。

【横浜市長選挙・開票結果(得票数順)】

山中竹春 50万6392票(得票率33.59%)(立憲推薦、社民、共産支援)
小此木八郎 32万5947票(得票率21.62%)
林文子 19万6926票(得票率13.06%)
田中康夫 19万4713票(得票率12.92%)
松沢成文 16万2206票(得票率10.76%)
福田峰之 6万2455票(得票率4.14%)
太田正孝 3万9802票(得票率2.64%)
坪倉良和 1万9113票(得票率1.27%)

当日有権者数 310万3678人/投票率49.05%

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畠山理仁

はたけやま・みちよし●フリーランスライター。1973年生まれ。愛知県出身。早稲田大学第一文学部在学中の93年より、雑誌を中心に取材、執筆活動を開始。主に、選挙と政治家を取材。『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』で、第15回開高健ノンフィクション賞を受賞(集英社より刊行)。その他、『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)、『領土問題、私はこう考える!』『コロナ時代の選挙漫遊記』(ともに集英社)などの著書がある。またその取材活動は『NO 選挙, NO LIFE』(前田亜紀監督)として映画化された。
公式ツイッターは@hatakezo

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