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イッヌってやっぱ最高じゃん? 愛犬と、施設で暮らす母のこと。

東京の家の近くで出会うおばあさんと、施設で暮らす母のこと

東京・世田谷区の自宅近くを散歩していると、よく出会うおばあさんがいます。
その方は遠くから僕の連れているクウに視線をロックオンし、近づいてくるのを待ち構えてこう声をかけてきます。

「かわいいわね〜。触ってもいい? 何歳? そう、6歳なの。いいわね、元気ね〜。あら男の子ね。おお、よしよしよし。こりゃ、いい子だわ〜。私、犬が大好きなの。でもこの歳でしょ? もう飼えなくて。私の方が先に死んじゃうから(笑)。最初に飼ったのはスピッツの雑種だったわ。最後はマルチーズ。犬はいいわねえ。いい子いい子。ああ、かわいい」

僕の犬をしきりに撫でたりさすったりしながら繰り出してくるこの話を、少なくてももう10回は聞いています。
軽い認知症なのでしょう。僕はいつも調子を合わせ、初対面のつもりで、おばあさんの話を一から聞くようにしています。

そのおばあさんは恐らく、うちの母と同じくらいの歳ではないかと思います。
母も認知症を患ってもう何年も経ち、今は父とともに入居している地元・東久留米市の高齢者施設で、完全介護をしてもらいながらの生活をしています。
ご存じのようにコロナがはじまってから高齢者施設は厳重警戒体制が敷かれているので、この2年間は父にも母にも、数えるほどの回数しか会っていません。
特別な事情で面会が許されるときも、要件のみの短時間ですから、母はどうも息子である僕の顔さえ忘れかけているようです。

でも介護職員さんは、「いつも、息子さんの話をしていますよ」と言います。
認知症は、新しい記憶から薄れていくものなので、母の頭の中の僕は恐らく、まだ子どものまま。
ごくたまに顔を出すヒゲ面で腹の出たおじさんが、自分のかわいい息子であると認識できるまで時間がかかるのは、仕方がありません。

かわいかった頃の僕と、当時の愛犬・チコ
かわいかった頃の僕と、当時の愛犬・チコ

そんな母ですが、犬好きの気質はまったく変わっていないようです。
これまでに飼ってきた犬の写真を部屋に飾り、犬のぬいぐるみを抱っこして夢見るように暮らしているのだとか。
母にとって、これまでに連れ添ってきた犬たちは、自分の人生の楽しかった部分と完全に一致しているのでしょう。

今の母にとって気分良く反芻したいのは、喜びや楽しみとともに苦しみや悲しみも同梱されている家族の記憶よりも、犬の記憶の方なのかもしれません。
改めて、やっぱり犬ってすげえなあと思います。
四頭の犬を最後の瞬間まで看取った母です。
虹の橋のたもとでは、きっとその四頭が揃ってしっぽを振りながら、いつか母を迎えてくれるのだと思います。

連載初回「東京で生まれ東京に骨を埋めると思っていた僕が、デュアルライフを選んだ理由」はこちらから
本連載は隔週更新です。次回は4/13(水)公開予定。どうぞお楽しみに!

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新刊紹介

佐藤誠二朗

さとう・せいじろう●児童書出版社を経て宝島社へ入社。雑誌「宝島」「smart」の編集に携わる。2000~2009年は「smart」編集長。2010年に独立し、フリーの編集者、ライターとしてファッション、カルチャーから健康、家庭医学に至るまで幅広いジャンルで編集・執筆活動を行う。初の書き下ろし著書『ストリート・トラッド~メンズファッションは温故知新』はメンズストリートスタイルへのこだわりと愛が溢れる力作で、業界を問わず話題を呼び、ロングセラーに。他『オフィシャル・サブカル・ハンドブック』『日本懐かしスニーカー大全』『ビジネス着こなしの教科書』『ベストドレッサー・スタイルブック』『DROPtokyo 2007-2017』『ボンちゃんがいく☆』など、編集・著作物多数。

ツイッター@satoseijiro

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