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CITY BOYおじさん 湖畔でデュアルライフはじめました。
東京生まれ、東京育ちの“シティボーイおじさん”が、山中湖畔に中古の一軒家を購入!
妻、娘、犬とともに東京←→山梨を行き来する2拠点生活=「デュアルライフ」をはじめました。
音楽や読書など山の家での趣味活動から、仕事やお金のやりくりといった現実的な話題まで、
著者が実体験したデュアルライフのリアルを綴ります。
別荘暮らしが優雅な富裕層の特権だったのはもう過去の話。
社会環境や生活スタイルが大きく見直されている今、必読のライフエッセイです。

第1回目の今回は、デュアルライフをはじめるに至った経緯や思いについて。
夫婦ともに東京生まれ、特別な資産家でもないという佐藤一家が、山梨に“もう一軒の家”を構えることになった理由とは?

東京で生まれ東京に骨を埋めると思っていた僕が、デュアルライフを選んだ理由

東京出身者でありながら、“シティボーイ”とは言い切りにくい微妙な立ち位置

僕は東京で生まれ、東京で育ち、東京で働いてきました。
正確に言うと小学校低学年の頃、父の転勤に伴って3年ちょっとを愛知県で過ごしたことと、結婚したあとに2年弱、東京から一駅離れただけで家賃がぐっと下がるので、神奈川県に住んだことはありましたが、それ以外はすべて東京在住。
出版業、それも東京にいてナンボという価値観のファッション雑誌の編集者であったことも、僕をずっと東京に根付かせた要因です。

なんてことを人に話すと、たまに「シティボーイなんですね」と言われます。
仕事柄、そう思ってもらった方が得なこともあるので、えて否定はしませんでした。
でも自分の中で、“都会派”や“シティボーイ”というレッテルには、いささか違和感を抱かざるをえません(まず「ボーイ」という歳ではありません)。
どちらかといえば、むしろカントリーボーイ(しつこいがそもそも「ボーイ」じゃない)ではないかと思っているのです。

生まれたのは東京といっても多摩地区の国分寺市。
淡い記憶しかありませんが、家の隣は果物や花を栽培する農家で、いつも畑の脇や雑木林の中で遊んでいました。
愛知県で住んでいたのは公団の団地。岐阜との県境にある街でしたので小高い山が間際まで迫り、小学校の校庭の上ではトンビがくるりと輪を描いていました。
小学四年生から母の出身地である東京都東久留米市に住み、結婚まで過ごしました。
周囲は畑だらけで、学校の近くには牛を飼っている小さな牧場までありました。庭にはヘビがんでいたし、家の前の道路をタヌキがうろついているところを目撃したこともあります。
進学した高校は、多摩地区の広大な森の中。併設された大学の奥の森には、怪しげな植物の自生地があるという噂でした。ウソかマコトか、夜な夜な学生たちによる陽気な宴の声が聞こえてきたとかこなかったとか(注・昔の噂話です)。
大学は早稲田でしたが、本部キャンパスの連中からは「所沢体育大学」と呼ばれる所沢キャンパス。
東京・多摩地区の田舎からさらにトトロの住んでいる山を目指し、茶畑や湖を越えて自動車通学する日々だったのです。

ちなみに妻も僕と同じく東京生まれ東京育ちですが、彼女の生家は渋谷のど真ん中で、僕よりずっと都会派です。
たまに僕が東京出身である側面をアピールすると、「東久留米の人にそんなこと言われてもね」と馬鹿にします。
そんなときは「三多摩地区ナメんなよ」と軽く凄んで見せるのですが、心の片隅にかようなマイルドヤンキー気質が潜んでいるのもまた、サバーバン育ちの特徴なのかもしれません。

犬を連れて朝の散歩。ハッと立ち止まるほど美しい木漏れ日が。
犬を連れて朝の散歩。ハッと立ち止まるほど美しい木漏れ日が。
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佐藤誠二朗

さとう・せいじろう●児童書出版社を経て宝島社へ入社。雑誌「宝島」「smart」の編集に携わる。2000~2009年は「smart」編集長。2010年に独立し、フリーの編集者、ライターとしてファッション、カルチャーから健康、家庭医学に至るまで幅広いジャンルで編集・執筆活動を行う。初の書き下ろし著書『ストリート・トラッド~メンズファッションは温故知新』はメンズストリートスタイルへのこだわりと愛が溢れる力作で、業界を問わず話題を呼び、ロングセラーに。他『糖質制限の真実』『ビジネス着こなしの教科書』『ベストドレッサー・スタイルブック』『STUSSY2017 FALL/HOLIDAY COLLECTION』『DROPtokyo 2007-2017』『ボンちゃんがいく☆』など、編集・著作物多数。

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