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飛び込み・寺内健を鼓舞した、野村忠宏・北島康介、ふたりのレジェンドの言葉とは!?

不惑が間近に迫る年齢になりつつも、変わらず戦い続ける1980年生まれのアスリートたちに、スポーツライター二宮寿朗氏が迫るこの連載。 中村憲剛選手田臥勇太選手館山昌平投手大黒将志選手玉田圭司選手木村昇吾選手和田毅投手に続く、8人目のアスリートは、水泳、飛び込みで東京オリンピックに出場する寺内健選手。 初回は、わずか1.6秒の戦いに込める深い想いについて、2回目は、引退から復帰にいたるまでをお伝えしました。 3回目の今回は、寺内選手を救った尊敬するレジェンドの言葉について――

先輩、友人、知人など多くの人の言葉を大切にする。だからこそ、彼自身の言葉も力強くなり、説得力が増すのだろう。(撮影/熊谷貫)
先輩、友人、知人など多くの人の言葉を大切にする。だからこそ、彼自身の言葉も力強くなり、説得力が増すのだろう。(撮影/熊谷貫)

リオの失意を救った、尊敬する先輩・野村忠宏の愛あるひと言。

この言葉に救われた。

苦境にあるとき、周りにいる人の何気ないひと言が励みになったという経験は誰しもあるに違いない。

寺内健にもある。復帰後初めてのオリンピックとなった2016年のリオデジャネイロ大会。北京以来8年ぶりの大舞台は、心も体も充実した状態で大会に入ることができた。

しかしながら――

男子3m板飛び込み予選。強風のなかで2回目の演技が乱れてしまい、大きな水しぶきを上げてしまった。これが大きく響いた形となり、5大会目にして初めて上位18位に入れずに予選敗退に終わった。

そのショックは非常に大きく、失意に暮れるしかなかった。風のタイミングをうまく測れず、ミスを起こしてしまったのだから。

気持ちを整理できないままミックスゾーンと呼ばれる取材エリアを通った際、なじみのある顔が見えた。柔道60㎏級でオリンピック3連覇を果たした野村忠宏であった。寺内はスポーツメーカーのサラリーマン生活を捨てて現役復帰し、11年1月から野村と同じミキハウスに所属。そのときから親交を深め、一緒に食事をする機会も多くなっていた。ロンドンオリンピックの出場を逃がしていただけに、リオに懸ける思いは野村にも伝わっていた。決勝には来ると聞いていたが、まさか予選から見てくれているとは思ってもみなかった。

「おい、次頑張れよ。次目指すんやろ?」

次……?
茫然自失の谷底から、引き上げられた気がした。

「“はっ”としたんです。俺、まだ次があるんだ、と。4年後は40歳になる年だけど、目指していいんだ、と。現役を続けていることの意味、幸せを実感できたというか、野村先輩のひと言で気づかされました」

この瞬間から、「次」の目標は東京オリンピックに切り替わった。逡巡することなくすぐに前を向けた野村の言葉に感謝した。
 
飛び込みと柔道。競技は違うが、勝負に生きるアスリートとして6歳年上の野村のことは深く尊敬する存在である。野村の何気ない言葉がいつも胸に突き刺さった。

「リオのときのように野村先輩から面と向かって何かを言われたことって実はあんまりないんです。でも、間接的にはいろいろあって。たとえば野村さんと一緒に会食する場があるとするじゃないですか。ある方が『こちらはオリンピックで3連覇の~』と一緒にいる方に紹介しようとすると、野村さんは『いやいや、寺内はここまで5回もオリンピックに出ていて凄いんです』と僕のほうに関心を向かせるんです。『でもメダルはゼロですけど』のオチをつけて(笑)。でも僕はそれがうれしいし、逆にありがたい」

知名度は野村のほうが断然上。競技の知名度というよりも、やはりオリンピック3連覇の実績がモノを言うと感じた。“メダルを獲れば、人生も変わるぞ”と言ってくれているエールのように寺内は受け取った。

重みのある野村のひと言。

今回もそうだった。
今年7月、韓国で開催された世界選手権。寺内はまず男子シンクロダイビング3m板飛び込みで「東京オリンピック内定」をつかんだ。野村に掛けられた言葉がズシリと響いたという。

「頑張れるのはあと1年やぞ!」

寺内はその意味をこう解釈している。

「おそらく来年の東京オリンピックが終わったら、40歳になる年齢を考えたときに引退のところは決めなくても、ひとつの転機になることは間違いない。これからの1年はそういう時間になる。“あと1年頑張れ”と言わないところに意味があるんじゃないかって思うんです。すべて分かってくれたうえで言葉をくれる。本当に野村先輩のことは一人の人間として尊敬しています」

“あと1年頑張れ”だと、引退が前提にあるようにも聞こえる。確かに“頑張れるのはあと1年”ではニュアンスが異なる。オリンピックはもちろん大きな目標なのだが、飛び込み道を究める、競技の知名度を上げる、後輩たちにその姿勢を見せるなどという自分の思いを、汲んでくれているからこその言葉であった。

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二宮寿朗

にのみや・としお●スポーツライター。1972年、愛媛県生まれ。日本大学卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社し、格闘技、ラグビー、ボクシング、サッカーなどを担当。退社後、文藝春秋「Number」の編集者を経て独立。様々な現場取材で培った観察眼と対象に迫る確かな筆致には定評がある。著書に「松田直樹を忘れない」(三栄書房)、「サッカー日本代表勝つ準備」(実業之日本社、北條聡氏との共著)、「中村俊輔 サッカー覚書」(文藝春秋、共著)など。現在、Number WEBにて「サムライブル―の原材料」(不定期)を好評連載中。

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