2021.8.2
空を飛ぶ夢を見るようになったら
八月二日
これが最後になると思うけど、念のためにメモを残す。夢日記をやめて、睡眠薬を飲んでぐっすり眠るようにしてから、しばらく「飛ぶ夢」は出てこなかった。
でも十日前だ。またそれを見てしまった。自分の体から抜けた自分が、宙を浮かんでいく。嫌だ嫌だと思うけど、勝手に部屋の外、空の高いところに進んでいく。
ベッドに戻ろう。はやく目を覚まそう。それだけを念じていった。必死に体に力をこめるうち、飛んでいくスピードが止まり、元に戻るような感じがしてきた。
だんだん自分の部屋の窓に近づいていくのがわかる。はやくはやく、目を覚まさないと。
次の瞬間、ぱっと目が開いた。視線の先には、部屋の天井。なんとか戻れたんだと思い、ベッドから体を起こした。そこで「バンバン」という音がして、思わずそちらを振り向く。
窓の外にいる自分と、目が合った。
ベッドにいる自分に向かって、必死にガラスをバン、バン、バンと叩いている。
慌てて駆け寄ろうとしたとたん、外の自分は後ろにひっぱられるようにして、夜空の奥へと消えていった。
それからずっと、あの夢は見ていない。以前と同じ生活を、いつも通り送っている。
でもさっき、変なことを思いついてしまった。あの夜、窓の外にいた「自分」は誰なのか。もしかしたら、あれこそ十日前まで生きていた「自分」だったのではないか。今ここにいる「自分」は、あの瞬間に入れ替わった、また別の「自分」なのではないか、と。
なぜなら、この夢日記の内容を、今の「自分」はなに一つ覚えていないからだ。前の「自分」が覚えていたはずの「飛ぶ夢」について、なにも思い出せない。
「自分」が書いたメモを見て、そんな夢を見ていたのか、と思うだけだ。
もちろんこれは、変な想像に過ぎないのだろう。でも、いつかまた、あの夢を見てしまうかもしれない。そこでまた今の「自分」が別の「自分」と入れ替わるのかもしれない。
その別の「自分」のために、この夢日記を残しておくようにする。
8月6日 あの家に住んでいた頃のこと
8月9日 川の上流から流れてくるもの
8月13日 「チヨちゃんが来たんだね」
8月16日 小人が見える女子大生
8月20日 夏休みに流れた噂
8月23日 振り向いてくれない美人教師
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7月4日 設置されては撤去されるブランコの秘密
7月6日 クラスメイトの机に置かれた手紙
7月9日 誰も来ないはずの男子トイレで目にしたもの
7月13日 息子に見えている母の顔
7月15日 内線電話から聞こえてくる声
7月19日 祖母に禁じられた遊び
7月22日 僕にだけ聞こえてくる音
7月27日 この子は大人になる前に死ぬから
7月30日 隙間から入り込もうとするもの