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誰も来ないはずの男子トイレで目にしたもの

誰も来ないはずの男子トイレで目にしたもの

 
 ……うざい……消えろって……キャアハハ、ハハハハハ
 
 時おり聞き取れる言葉から察するに、誰かの悪口を言っているようです。
 それに続いて、またバカみたいに甲高い笑い声が二つ。まるでチェーンソーで金属を切っているような、不快な音でした。
 
 …ぅとかさ……そう…ぃみとか……死ね…死んで欲しい……
 あと……ぇだ先生とか……マジで…殺すしか……殺す……
 
 だんだん、この状況のおかしさに気づいてきました。
 だってトイレの個室ドアというのは、人が中に入って鍵をかけている時だけ閉まっているものです。今、扉の向こうにいる女子二人は、誰かがこの個室に入っているとわかっているはず。
 それなのにここまでの悪口で騒ぎたてるなんて。
 
 キャハハハハハハハハハハハ
 
 もはや悲鳴に近いほどの笑い声が、トイレ中に反響しています。
 もう耐えられない。僕はとにかく、この息苦しさから逃れようと、ドアを内側からノックしたんです。
 こつ、こつ。控えめに、しかし気づかれる程度に音をたてて。
 
 ぴたり、と笑い声がやみました。しばらく体を緊張させていましたが、声どころか足音一つしない。ゆっくりドアを開け、顔を覗かせると、もうそこには誰もいませんでした。
 そして男子用の小便器が目に入った瞬間、また別の寒気が走りました。
 自分がいたのが男子便所なら、あの女子たちの声はなんだったんだ?
 急いでトイレを出ようとしたところで、洗面の鏡が横目に入りました。
 鏡に映った自分。その背中に、誰かがしがみついています。
 制服を着た、二人の女の子でした。
 鏡の中で、笑いながら、こちらの首元に手をまわしていたのです。
 
 それから卒業までの間ずっと、屋上に続く階段で、昼休みを過ごすようにしました。

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7月の『日めくり怪談』特集一覧
7月2日 夜道を歩く女性の二人組が向かう先
7月4日 設置されては撤去されるブランコの秘密
7月6日 クラスメイトの机に置かれた手紙
7月9日 誰も来ないはずの男子トイレで目にしたもの
7月13日 息子に見えている母の顔
7月15日 内線電話から聞こえてくる声
7月19日 祖母に禁じられた遊び
7月22日 僕にだけ聞こえてくる音
7月27日 この子は大人になる前に死ぬから
7月30日 隙間から入り込もうとするもの
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新刊紹介

吉田悠軌

よしだ・ゆうき●1980年東京都出身。怪談、オカルト研究家。怪談サークル「とうもろこしの会」会長。オカルトスポット探訪マガジン『怪処』編集長。怪談現場、怪奇スポットへの探訪をライフワークとし、執筆活動やメディア出演を行う。『怪談現場 東京23区』『怪談現場 東海道中』『一行怪談』『一行怪談漢字ドリル 小学1~4年生』『禁足地巡礼』『日めくり怪談』『一生忘れない怖い話の語り方 すぐ話せる「実話怪談」入門』など著書多数。
Twitterアカウント:@yoshidakaityou

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