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第2回 小さなナポリ、大きなトマト

 料理心を刺激され、感動が新鮮なうちに家でも作ってみた。
 湯むきしたトマトを皿の真ん中に置き、レタスの繊維を指先で感じ取りながら丁寧にちぎる。ここから先は自分流。パルミジャーノ・レッジャーノで塩気を、アンチョビでコクを足す。色を担うのは、ラディッシュときゅうり。盛り付けは、あまり計算しないで指に任せる。心地よい配置になるよう、トマトがもつ求心力が導いてくれるからだ。ざるに残ったトマトの皮をかじってみれば、昆布に似たあと味に驚き、花びらのように散らしてみる。最後にくるみで歯ごたえを足し、おいしい塩をほんの少しと、青く香るオリーブオイルをひと回し。最終的な味付けは、噛むことで口内で完成させる。
 味というものは、探そうとする人にだけ姿を見せると知ったのは、ここ数年のことだ。年齢とともに鈍くなっていく味覚をやさしく起こすレシピを、体がどうしようもなく欲することがある。ドレッシングのないこのサラダは、その大切なレパートリーとして育っていくだろう。味を探しながら噛む楽しさを、野菜の厚みに刃を差し込む指先の喜びを、あの小さな店のトマトが鮮やかな姿で示してくれた。

 鮮やかなシーンといえば、もうひとつ。 彼女が語ったエピソードのなかに、今でも胸に焼き付いて離れない光景がある。
 アーティストとして生きていく覚悟を決めたある1か月の出来事を、彼女は言葉で詳細に描いてくれた。それは壮絶な孤独と苦しみであると同時に、選ばれし才能を貫いた矢の強烈なまぶしさで、私を圧倒した。
 彼女と同じ時代を生きているということが、私の心を照らしている。それは例えば、うつむいて皿を洗う夜に、顔を上げなさいと励ましてくれる力。遠くで輝き続ける太陽に、私は畏敬とともに今も恋をしている。

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寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現時点で12万人以上。現在、東京都内で夫と二人の子どもと暮らす。
著書にロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』『泣いてちゃごはんに遅れるよ』、版を重ねている文庫版『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』(河出書房新社)があり、いずれも話題となっている。

寿木けい公式サイト
https://www.keisuzuki.info/

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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