よみタイ

寿木けい「土を編む日々」
春夏秋冬、旬の食材は、新鮮で栄養たっぷり。
季節のものは、売り場でも目立つ場所に置かれ、手に入れやすい価格なのもうれしいところ。
Twitter「きょうの140字ごはん」、ロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』で、日々の献立に悩む人びとを救い続ける寿木けいさん。
富山で暮らした幼い頃から現在に至るまでの食の記憶をめぐるエッセイと、簡単で美味しくできる野菜料理のレシピを紹介します。

第2回 小さなナポリ、大きなトマト

 田園都市線に揺られて多摩川を渡った先の小さな町に、こぢんまりとしたレストランがある。3年前、そのレストランで私はあるアーティストにインタビューをした。
  長いインタビューだった。レストランは彼女のお気に入りで、「ナポリにいるみたいでしょう」と宝物を見せるように案内してくれた。
 店内はすべてが心地よく使い込まれていて、強い日差しがカーテンの隙間から差し込み、そのぶん影はとことん暗く、あまりに有名なその人を外の好奇の目から隠していた。結局、撮影と食事とを合わせて半日を彼女と過ごし、その仕事が編集者としての私の最後のインタビューになった。

 そんな懐かしい店を、先日再び訪れた。一緒に向かったのは、仕事仲間で編集者のタナカさん。
 きっかけは、友人が送ってくれた一枚の写真だった。
〈これってけいさんが働いていた頃じゃない?〉
 というメッセージとともに貼付された写真には、何年も前に私が担当したページが写っていた。その特集が、あるウェブサイトで「マイ ベスト マガジン」に選ばれていることを報せてくれたのだった。
 胸をぎゅっとつかまれる懐かしさと同時に、後ろめたさもあった。長年勤めた出版社を辞めたあと、私は自分が関わってきた雑誌を一度も開くことはなかった。整理しなくてはと思うものの、つい後回しにして、段ボールに押し込めているという体たらくだったのだ。
 友人のメールは、私を一気に過去に連れて行った。
 私は書斎にあがり、雑誌を引っぱり出してページをめくった。ふと、小さなナポリで彼女と向き合ったインタビューページにぶつかって、ああ、あの場所に行きたいと思った。タナカさんに話したら、懐かしのロケ地再訪を面白がってくれて、予約まで引き受けてくれたのだった。

 タナカさんと私はあのときの彼女と同じ窓際のテーブルに着き、同じくカンパリソーダを頼み、ひょんなことからたどり着いた土曜の午後に乾杯した。
 最初に運ばれてきた、太陽みたいな堂々たるトマトに、私は歓声をあげてしまった。
 湯むきしたトマトにレタスを添えた、シンプルな前菜。酸味が効いたドレッシングをレタスのほうにだけ少しかけ、粉チーズが薄く積もっている。都内のレストランならこのひと皿に数百円を支払うのが当然だが、ここではあくまでもサービスなのだ。赤いギンガムチェックのテーブルクロスに置かれたみずみずしいトマトを、2月にしては暖かい日の光が照らし、祝福と歓迎の証のように洒落ていた。

 じつは、そのアーティストに会ったのは一度ではなかった。私が30歳になったばかりのときにもインタビューをしている。彼女がすすめてくれた映画や本を片っ端から追いかけて、自分の糧にしようとして過ごしたのが私の30代だった。
 タナカさんとカンパリソーダを飲みながら、
「50歳になったときにも、彼女に会いたいな」
 と夢みたいなことを言った私に、
「そういうのって、絶対会えると思う」
 タナカさんはこう言ってくれた。敏腕編集者であるタナカさんに頷かれると、本当に叶う気がしてくる。
 ほんの一年前は赤の他人同士だったタナカさんと向き合いながら、多くの出会いが私をこのレストランに運んできたことに、確かに胸を打たれていた。
 時間は不可逆的ではあるが、決して均質ではない。重なったり、凝縮されたりしながら、記憶に蓄積されていく。繰り返し味わって、次に出会う誰かと共有することだってできる。レシピと時間はよく似ているのだ。

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寿木けい

すずき・けい●富山県生まれ。早稲田大学卒業後、出版社で雑誌の編集者として働きつつ、執筆活動をはじめる。出版社退社後、暮らしや女性の生き方に関する連載を持つ。
2010年からTwitterで「きょうの140字ごはん」(@140words_recipe)を発信。フォロワーは現在11万人以上。著書に『わたしのごちそう365 レシピとよぶほどのものでもない』、ロングセラー『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』、エッセイ集『閨と厨』がある。
現在、東京都内で夫と二人の子どもと暮らす。

砺波周平

となみ・しゅうへい●写真家。1979年仙台生まれ北海道育ち。
北里大学獣医畜産学部卒業。大学在学中から、写真家の細川剛氏に師事。
2007年東京都八王子市に東京事務所を置く傍ら、八ヶ岳南麓(長野県諏訪郡富士見町)に古い家を見つけ自分たちで改装し、妻と三人の娘、犬、猫と移り住む。
写真を志して以来、一貫して日々の暮らしを撮り続ける。現在、作品が「暮しの手帖」の扉に使用されている。東京都と長野、山梨に拠点を持ち活動中。

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