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文化系クラブに入った娘を「輝いてない」と叱る父 第9話 紋切り型パパ

 さて、不器用なお父さんが子供を楽しませようと頑張ったとか、お父さんは育児が下手なもの、とか当時ならそういうフォローができたかもしれないが、幼少の私の心情として、父への信頼を損なうに十分な出来事だったし、今思い返しても、庇護が必要な子供、しかも自分の子供に対する注意力が散漫すぎると断言したい。とはいえ、父にとっては幸いだが、当時は「お父さんが不器用」みたいなものは、よくあることとして問題視されなかった。
 こうして積み重ねた不信感に加え、父の口から放たれるワードチョイスがいつも安っぽいことも不満だった。月に一回は思いついたように「お母さんの手作りご飯でみんな健康だ」みたいなことを言うが、自分の嫌いな煮魚は箸をつけずに残しているし、母の趣向を凝らしたメニューが出た日も、柚子の風味にすら気づかない。飲み会の帰りなどは、食卓に適当な食べ物があっても、具のない麺だけのインスタントラーメンを鍋のまますすって寝ている。栄養とか健康とかさして興味ないだろうに、なぜあんな紋切り型のセリフを吐くのかと、身内だからこそ嫌悪感でいっぱいになった。こんな紋切り型パパだからこそ、水泳部とか輝くとか言い出したのも、たとえばオリンピックの映像とかスポーツ選手に用いられるナレーションの受け売りなのは明らかで、スポーツ→熱心→汗→輝く、と繋がったのだろう。
 そして念願の美術部に入って喜んでいる現状は、単に文化部という理由で輝いていないのだろう。私が輝いてないのは元からだよ。彼は私が幼い頃によく絵を描いていたことなんか知らないのだ。それと、文化部は父母の出番がないので、それこそスポーツ選手の練習風景で見るような「親子二人三脚でメダルを目指す」みたいな、絵に描いたような尊敬される父親像を演じるタイミングはこない。そう、この時すでに私にとって父親という人は、父親そのものではなく大黒柱、一家の長を演じる人だった。そのために、水泳部もこうした説教も、大黒柱を演ずる花道と大義名分を提供してしまったようで嫌だった。

 ところで、だいぶ成長してから気づいたことだが、父に限らず、人がとても嫌そうに仕方なく従ったことでも、どうも周囲は「従ったのだから納得しているのだろう」と解釈するらしい。何も言わなければ感情のことはなかったことにされるのがこの世の常である。その場を支配する人に物事は都合よく受け取られるのだ。しかしまだこの頃はそれを知らなかったので、この「輝いてたんだよ発言」は、父親は親なのにやはり我が子のことを何一つわかっていない、と確信する出来事として印象深く刻まれた。
 あの日、回旋塔から振り落とされた日からずっと疑問に思っていた父の「我が子」への関心や愛情、実はそんなものは存在しないのではないかという私の仮説が、まさにこの瞬間実証されたような清々しさがあった。「やっぱり思った通り、お父さんって私のこと何一つわかってない! 」という皮肉な納得感。しかし残念なことに、この大叱責劇場の日を境に、父が家庭教師となってつきっきりで勉強する「父と娘の二人三脚」の日々が始まってしまうのだった。

次回は2月21日(水)公開予定です。

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冬野梅子

漫画家。2019年『マッチングアプリで会った人だろ!』で 「清野とおるエッセイ漫画大賞」期待賞を受賞。その後『普通の人でいいのに!』(モーニング月例賞2020年5月期奨励賞受賞作)が公開されるやいなや、あまりにもリアルな自意識描写がTwitterを中心に話題となり、一大論争を巻き起こした。2022年7月に、派遣社員・菊池あみ子の生き地獄を描いた『まじめな会社員』(講談社)全4巻が完結。
講談社のマンガWEBコミックDAYSにて「スルーロマンス」連載中。

Twitter @umek3o

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