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「おじさん構文」は送り手と受け手の関係性から生まれる【こんな質問が来る 第10回】

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立場と関係性がコミュニケーションに与える引力

 社会生活の場面でそれぞれの人間がどのようにふるまうかは、役割や立場、そして関係性が多くの部分を決める。上司と部下、先輩と後輩、先生と生徒、店員と客。もちろん、個々人の性格も影響はあるが、人間は相手との関係が変わるたびに、言葉遣いからコミュニケーションの質まで自分の見せ方を無意識に調整し続けている。そのため、しばしば、「了解」とするか「了解~」とするかで考えこんでしまったりするのだ。

 広義のおじさん構文とは、男女の別なく年長者が若い人に気を遣ってフレンドリーに振る舞おうとするとそうなってしまう文体である。つまり、社会の中で自身が相手に怯えを与える立場になったと気づく、それが第一歩なのだ。そして、実際のコミュニケーションの場面で、こちらにも伝えたいことはあるが相手を傷つけたくない、というか「嫌われたくない」という気持ちに直面する。その時、相手を脅かす危険物(に思える自分の要求や期待)を緩衝材で包み込もうとするあまり饒舌になってしまうのである。

 いわゆる「夜職」のなかでも男性が女性を接客するタイプの業態は、近年、急速に市場が拡大しているものだが、そこでもしばしば女性客が送ってくるメッセージが「まるでおじさんのようだ」と話題になる。これまで中年男性のものだと思われていたふるまいが、実は男女の別なく、金を払って親密さを「買う」人のふるまいであったということなのかもしれない。もちろん完全に同じというわけではないのだろうが。やはり立場と関係性がコミュニケーションに与える引力のようなものは侮れない。

 職場で若い部下を指導する、店で客としてもてなされる。かつて中年男性によって占められてきた立場に、いま、多くの女性が立っている。おじさん構文に次ぐ「おばさん構文」の登場は、このような変化を反映してのことなのだろう。つまり、おじさん構文とは中年男性の文体というより、関係の勾配の上側に立ってしまった人間の文体なのである。そういえば、うちの学生がバイト先の後輩に気をつかうあまり、臆病なコミュニケーションをとっている自分を「まるでおじさんみたい」と自嘲していた。みんな大変そうだ。

 いずれにせよ、おじさん構文が違和感を持って受け取られてしまうのは、何かを隠そうとしたり、何かを明示せずに匂わせようとする点だろう。なぜなら、おじさん構文は何かを表現するために発達した文体というよりは、何かを隠すことに特徴を持つ文体だからである。関係が孕む権力性や乱暴さなどの言質を取られないようにしながら、自分の要求や期待を伝えるものである。しかも、受け手からすると送られてくるのは必ず非対称な関係の勾配の上からであり、それが権力の位置エネルギーで加速をつけて流れ下って来るのである。つまり、送り手が思っているよりずっと重く、ずしん、と響くのだ。この正体不明の重みは、たしかに不気味だろう。

 とはいえ、である。若い人に、じゃあどんなメッセージが安心できるの?と聞いてみると、さらっと業務的でそっけないメッセージがいい……などと言う一方で、「でも語尾に「。」がついているとちょっと怖いかも」とか言うから現代のおじさんおばさんは本当に大変なのだ。

 途方に暮れた僕の脳裏に井上順が浮かぶ。当代きっての愛されるおじさん構文の使い手。彼が許されるのは、「おじさん」なのに相手に何も求めず、何も押し付けないからだろうか。お互いに求めすぎず、しかし手を取り合って生きていく──。このままならない俗世で煩悶の日々を送る僕らにもそれが可能だろうか。

 ああ、僕の「了解」には今日も尾ひれが揺れている。

 次回連載第11回は8/26(水)公開予定です。

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中井治郎

(なかい・じろう)
1977年、大阪府生まれ。社会学者。龍谷大学社会学部卒業、同大学院博士課程単位取得退学。著書に『パンクする京都』『観光は滅びない』『日本のふしぎな夫婦同姓』がある。

X(旧Twitter)@jiro6663

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