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五反田のマッサージ店で想起した切ない思い出……僕は「気持ち悪い男」なのだろうか?【平成しくじり男 第9回】

中学生の僕は、Yちゃんとキスできたのだろうか?

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衝撃的なことが起こったのは、それから2年後。高校1年生のときだった。

学校終わり、前に4人で花火をした公園に1人で遊びにいったときのことだ。その公園の芝生のところに、たまたまYちゃんがいた。Yちゃんは僕とは別の高校に進学していたのだけど、その進学先の高校の制服を着た野球部のような坊主頭の男と、2人で芝生に座っていた。

あっ、Yちゃんだ! そう思った次の瞬間だった。

Yちゃんが、その男とめちゃくちゃキスをしはじめたのだ。周囲には老人や家族連れもいたが、人目なんてまったく憚ることなく、もう、めっちゃくちゃにディープキスをしていた。なんなら、Yちゃんのほうから積極的に貪りついていた。もう、めっちゃくちゃだ!

「だって、キスとか気持ち悪いじゃん?」

おい! あの一言はなんだったんだよ、Yちゃん! 君、めっちゃディープキスしとるやんけ!

僕は心の中でそう叫んでいた。Yちゃんがキスしているところを間近にして興奮したからなのか、それとも、信じられない光景に大きなショックを受けたからなのか、原因はよくわからなかったけど、心臓の高鳴りを止めることができなかった。

   *

「もう夕飯は食べたんですか?」

マッサージをしてくれている赤髪のオーナーの声がして、20年前の記憶から五反田のマンションの一室へと引き戻された。

「いやまだ食べてないです」と返すと、彼女が五反田のおすすめグルメをいくつか教えてくれた。そんな話をしているうちに時間がきて、マッサージが終了した。

紙パンツから服に着替えていると、キッチンのほうから彼女が話しかけてきた。

「ねぇ、なに食べるか決まったぁ?」

その声のトーンや言い方が、まるでこれから一緒にご飯に行くことが決まっている人に向けてのものに聞こえた。一緒にご飯に行くなんて話はしていないから気のせいかと思い、「いや、特に決めてないです」と返すと、彼女は続けた。

「今日の夜のシフトと明日のシフト、もう全部落としちゃったから、なに食べるか決めてよね」

まさかそんなことをする人がいるのかと思い、スマホで開きっぱなしになっていたHOT PEPPER Beautyの画面から彼女のシフトのページをタップすると、予約したときには空いていた彼女の夜のシフトと翌日のシフトが、すべて「×」の印に変わっていた。

   *

結局、彼女がマッサージ中に教えてくれた和食居酒屋で3時間ほど飲んだ。まさか一緒にご飯に行ってもらえるとは思わなかったと伝えると、なにを考えているのかわからないから気になったということだった。

「ねぇ、キスしてくれないの?」

店を出てすぐ、酔っぱらって顔を赤らめた彼女が顔を近づけながら言うのでキスをすると、「ホテル行かない?」と言われ、そのまま近くのラブホテルに入ることにした。

部屋に着いてすぐ、彼女はベッドのうえに仰向けになった。覆い被さってキスをして、それから彼女の服の中に手を入れようとすると、「いいけどさ、君、私のこと好きじゃないでしょ?」と言って、彼女は眠るように目を瞑った。寝たフリでもしたのかと思ったが、しばらくすると口を半開きにしながらいびきをかきはじめたので、どうやら本当に寝てしまったようだった。

彼女のことを好きかどうかは、今日会ったばかりだからそこまでよくわからない、というのが正直なところだった。しかしきっと彼女が言いたかったことはそんなことではなく、好きでもない人とラブホテルに来るのはどうなの、ということだろうか。

いびきをかく彼女の隣で仰向けになって、自分がどうしてラブホテルにまでついて来たのかを考えた。性欲が抑えられなかったというよりかは、彼女にとって僕という存在が「気持ち悪い男か、それ以外か」、その答えを知りたかったというのが一番の理由だと思った。ご飯に行けるか行けないか、キスをできるかできないか、セックスをできるかできないか、そのどれもが、「気持ち悪い男か、それ以外か」という2択の相似形に思えてならない。

そして形を変えたその2択の先には、いつも決まって、永遠に答え合わせのできない1つの問いが横たわっている。

中学生の僕は、Yちゃんとキスをすることができたのだろうか?

もしかしたらできたのかもしれないし、気持ち悪いと拒絶されたかもしれない。過去に遡ることはできないから、真実はずっと謎のままだ。

ただ、今の僕にはわかることがある。「だって、キスとか気持ち悪いじゃん?」と言ったYちゃんは、キスそのものを気持ち悪いと思っていたわけではおそらくない。好きでもないKくんから「キスしたかった」と言われたことが気持ち悪かっただけなのだ。芝生の上で坊主頭の男とむさぼり合うようにキスをしていたYちゃんの姿が、なによりそれを証明していた。

そんなこともわからなかった中学生のころの僕は、Yちゃんとキスをしたいと思ってしまっているというだけで、自分のことを「気持ち悪い男」だと勝手に分類してしまっていた。

世の中には2種類の男しかいない。気持ち悪い男か、それ以外か──

マッサージ屋の女性のように、「気持ち悪い男」の話をする女性に出会うと、この人にとって自分はどちらに分類されるのだろうか、と考える。そして「それ以外」の男のほうに自分が分類されることを確かめることができるたびに思う。僕にだって、Yちゃんとキスできる可能性はたしかにあったのだ、と。

隣で寝る彼女のいびきを聞きながら、そんな可能性について考えているうちに、気づけば眠りについていた。

(了)

 次回連載第10回は5/21(木)公開予定です。

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新刊紹介

山下素童

1992年生まれ。現在は無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。

X(旧Twitter)@sirotodotei

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