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あいつぐ出禁!? 柴田勝家の心が徐々に推しから離れていった理由

「これ、きょうちゃんには秘密ね!」

「なぁ、かっちゃん」

 爽やかなゴールデンウィークの午後、レジャーシートの上でワシは織田軍のルシファーと並んで寝転んでいた。

「なんじゃい、ルシファー」

「ふふ、秘密」

「言えよぉ!」

 大の大人が二人、日差しの下でイチャついている。気持ち悪いことこの上ないが、別にピクニックデートではない。

「おーい、肉焼けてるぞぉ!」

 バーベキューグリルを前にした猫さんの声がかかる。それに群がる店の常連メンツ。忘年会の楽しさを忘れられないワシらは、今度はゴールデンウィークにバーベキューと洒落込んでいたのだ。舞台は船橋の海浜公園。バーベキューセットを提供してくれたのは、あの元真田軍のまーちゃんだ。

「なぁ、かっちゃん、やっぱり言っちゃお」

「なんじゃい、気になるな」

 ワシとルシファーは肉の盛り付けられた皿を手に、チェキ帳の中身を見せびらかしたりしていた。そうした中、ルシファーは織田きょうちゃんとは違う、別のメイドさんのチェキを見せてきた。大きなツインテールの印象的な、小柄で可愛いメイドさんだった。

「俺さぁ、ひまわりちゃんのこと好きなんだよね」

 彼が名前をあげたメイドさんは、実は戦国メイド喫茶の人ではない。以前は大友宗麟の娘として店にいたが、現在は別のメイド喫茶に転職したメイドさんだ。彼女は真田かおりこちゃんの親友でもあって、ワシも以前から仲良くしていた。

「ルシファー!」

「これ、きょうちゃんには秘密ね!」

「ルシファー!」

 とんでもない堕天使である。織田軍にありながら別のメイドさんを推す。これは恐ろしいことだ。しかし、ワシもワシで思うところがある。

「実はワシも……、ひまわりちゃんのこと、好き……」

「おおーい!!」

 裏切りである。ワシもまたルシファーと同じく、ひまわりちゃんのことが好きだったのである。最初は真田かおりこちゃんの親友として会いに行くことが多かったが、次第に彼女の魅力に惹かれていったのだ。

「でもまぁ、ルシファーの気持ちもわかる。織田軍は楽しいけど、きょうちゃんを推してても、前みたいな感動がないっていうか、な」

「なー、いや、全然今のきょうちゃんも好きなんだけど」

「あ、ああ! もちろん、それはワシだって好きだ。ただ、なぁ」

 どうにもワシら二人は気持ちを同じくしていたようだ。確かに楽しいことに変わりはないのだが、いざ戦国メイド喫茶に行くと推しのきょうちゃんと上手く話せない。それというのも、彼女が人気メイドとなったことで、彼女と話したいと思う人々が増えたせいである。

「店に行ってもさ、結局、一時間経って一言も話せないとかザラだよな」

「じゃよなぁ。それで暇だから、ワシらが常連同士で話してると余計に来てくれないんじゃよな」

「織田軍で楽しそうにしてるからなー。そりゃあ織田軍以外のお客さんと話した方がさ、店としても良いことだろうけど」

「ワシらはいつも来るしな! 常連より新規を大事にした方が良いってのはわかるさ」

 でもなぁ、とワシらの溜め息が重なる。いつでも会える常連より、新しく常連になってもらえそうな人に優しくする。でも、そのバランスを間違えると常連の心が離れていく。これこそ「推しのジレンマ」であった。

「ま、気にしても仕方ないか」

 そう言って、ワシらは缶ビールを片手にバーベキューを楽しむことにした。

「不幸中の幸いというか、ひまわりちゃんは別の店だし、きょうちゃん本人とも仲良いから、そんなに怒られないじゃろう」

 と、ワシとルシファーはお気楽な想像をしていた。

最近の彼女はワシらを見ていない

「ねぇ、かっちゃん。ルシファーって、ひまわりちゃんの方が好きなの?」

 ダメだった。めちゃくちゃ怒られていた。

「あー、いやぁ、その……、まぁ、その……」

 ワシもなんとも言えない気持ちになる。ワシ自身、複雑な思いがある。織田軍として彼女を推したいと思う一方、最近の彼女はワシらの方を見てくれていない。そんな寂しさがあったのは確かだ。

「かっちゃんも?」

「ううぐ……」

 答えに窮してしまう。ワシは嘘を吐きたくないから「好きは好き」なのだが、これを素直に言うとこじれてしまう。そもそも以前も真田かおりこちゃんを好きと言っていた手前、それと連続して見ると気の多い人間だと思われる。事実、このエッセイでもそう見えている可能性がある。

 ただ、かおりこちゃんの時もそうだったが、推しはきょうちゃんなのである。どれだけ好きでも、どれだけ嫌いになっても、推しは彼女だけだと心に決めていた。

「まぁ、いいよ。ひまわりちゃんなら、友達だし」

「え、いいの!? やったー!」

 クソ野郎である。

 とはいえ、こうして茶化して書いているが、実際はワシときょうちゃんとの心が僅かずつ離れていった時期でもあったのだ。

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柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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