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柴田勝家、戦国メイドカフェで征夷大将軍になる

推しからの突然の電話? 冷めてしまった柴田勝家のたった一つの願い

マツコ・デラックスが驚愕し、神田伯山を絶句させた、異形のSF作家・柴田勝家。武将と同姓同名のペンネームを持つ彼は、編集者との打ち合わせを秋葉原で行うメイドカフェ愛好家でした。2010年代に世界で最もメイドカフェを愛した作家が放つ、渾身のアキハバラ合戦記。

前回、柴田さんの心が推しから離れていく過程が語られました。
今回は、そんな二人のアクシデント的なエピソードです。
イラスト/ノビル
イラスト/ノビル

見知らぬ番号から着信

 ワシが足に疲労骨折を起こし、戦国メイド喫茶にも通えず自宅謹慎(なお推しも謹慎中)をしていたある日。ふと見知らぬ番号から着信があった。おおよそ仕事関係の担当編集からの連絡だろうと思った。

「はい、柴田です」

 だから普通に出た。すると――。

『あ、あの……、私です。織田きょう、です』

 どういうわけか推しから電話が来た。誰かワシの知り合いのお客さんの電話を借りてるのかと思ったが、よく考えると彼女はメイドさんとして謹慎中である。まさかとは思った。
「え、なんでワシの番号知ってんの?」

『あの……、Y先輩に無理やり聞いて……』

「げっ!」

 ここで回想シーンへ。

ミスコンにエントリーした推し

 その昔、推しの織田きょうちゃんが朝倉きょうだった時代のことだ。メイドさんになったばかりの彼女に小さな事件が起こった。

「え、本名バレしたの?」

「うん。あのね、私、通ってる大学でミスコンにエントリーしてて、誰かがそれを見つけたみたいで」

 ワシと猫さんが座ってる席のそばで、きょうちゃんが本名バレ事件の経緯を語ってくれていた。とはいえ本人もそんなに気にしてない風だったから、ワシと猫さんも普通に受け入れた。

「でね! もうバレちゃったからいいかな、って。良かったら朝倉軍でミスコンに応援しに来て!」

「強ぇな……」

 というわけで普通に応援しに行った。中の人を出さないメイドさんもいるが、世の中にはアイドルや舞台をやっているメイドさんもいて、そっちの応援にお客さんを呼ぶ人もいるから、その延長線上だと思っていた。とはいえ店の外で見に行くのだから礼儀は必要だ。余計なことは話さず、もちろん連絡先を聞いたりもせず、頑張ってる姿を見たらそそくさと帰ろうと思っていた。

 実際、きょうちゃんがミスコンの舞台で頑張ってる姿を遠くから見ただけで、ワシは特に話すようなこともなく彼女の大学を後にした。しかし、ここで一つだけ出会いがあった。

「へぇ、心霊写真の研究してるんすか!」

 せっかくだからと、その大学の民俗学系のサークルに顔を出したのだ。当時のワシは大学院で民俗学を勉強していたから、何か刺激になればと思って他の研究者の動向を知りたくなったのだ。

「そうなんですよ、なかなか奥深いですねぇ」

 で、このサークルでYさんという研究者と出会った。その時、彼から名刺を渡されたので、柴田勝家ではなく大学院生の「綿谷翔太」としての名刺を交換することにしたのだ。

 だがちょっと待って欲しい。いつかの回で書いたが、きょうちゃん自身も妖怪とか都市伝説とかが好きなのだ。てっきりワシに話を合わせてくれただけかと思っていたが、趣味としては本当らしく、この民俗学系のサークルにも知り合いはいたのである。

 この時の小さな出会いが、巡り巡って数年後に影響を及ぼすことになろうとは。

人生で一番の推しだったと言わせてほしい

 というわけで時間は戻る。

『前に、Y先輩が勝家さんと会ったって話してて……、それで連絡先交換してないかって聞いて……』

「え、それでわざわざワシに電話してきたの?」

『はい。あの……、ヨシ君のことで、心配してるかと思って、その……』

 あー、と唸ってしまう。多くのことが脳内を即座に駆け巡っていく。きょうちゃんは不安なのだろう。以前の事件があっての二度目だから、今回こそワシが本気で怒っているのかと思っている。そうなのだとしたら、以前の時に対応を間違えたのだ、と自省した。

 もう一点としては、きっと彼女のこういう必死さと迂闊さが繋がりを生んでしまうのだろうと思えた。きっとヨシ君の時も、本当に悪気なく街中で会ってしまったのだろう。それを思えばこそ、全く怒る気にもなれなかった。

「別に、本当に気にしてない。さすがにしばらくは織田軍とも話せないだろうけど、まぁ、全部が済んだら元通りになるさ」

『本当ですか! 良かったぁ』

 というか、いくら彼女の方から電話があったとはいえ、立場的にはワシも繋がってしまった。これが知れたらワシも出禁だろうし、今度こそきょうちゃんもクビだろうな、と思った。

 ちなみに、この件について不安に思われる人もいるだろうから補足しておくと、いくら電話番号を知ったからといってワシから彼女に連絡したことはないし、店の外で会ったりしたこともない。それがもし、もっと彼女のことが好きだった頃なら違ったのかもしれないが。

「本当に、後は何事もなく卒業まで頑張っていこう」

 これこそが当時の本心であった。

 もう十分に推した実感がある。後は平穏無事に卒業を迎え、人生で一番のメイドさんだったと言わせて欲しい。それだけが願いだった。

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柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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