2022.1.27
推しが被れば「軍」が生まれる!? 戦国メイド喫茶で育む客同士の絆
「頼む! 踏んでくれ!」
そんな戦国メイド喫茶の友達の中に、ひときわ異彩を放つ人物がいた。
あれはバレンタインデー近くの日、ワシが戦国メイド喫茶にやってくると店内から男性の絶叫が聞こえてきた。
「頼む! お願いだ!」
メイドさんに案内されて席につきつつ、大声で叫ぶ男性の姿を確かめる。メガネをかけた陽気な青年だった。彼はちょうど、店の中央にあるステージ近くに立っており、その横には一人のメイドさんがいた。その可愛さに定評がある徳川めるるちゃんだった。
「めるる! お願いします! 誕生日なんです!」
ははぁ、彼は誕生日だから記念にチェキでも撮ろうとしているのだろうと思った。
「頼む! 踏んでくれ!」
そう言って、彼は突如としてステージ前で土下座し、困り顔を浮かべる徳川めるるちゃんに向かって手を合わせて祈っていた。
「えぇ……、やだよ」
「誕生日だから! 誕生日だから!」
凄い、と思った。彼は自分の誕生日にメイドさんに踏んでもらい、その姿をチェキに残そうというのだ。並の男では出来ない偉業だ。
「踏んでるフリでもいいんで! 触らないでいいんで!」
「ええ~……」
必死の訴えがあった。なんといっても徳川家康の娘への直訴である。もはや義民と言ってもいいだろう。
「じゃあ、足乗せるフリだけだよ」
これには徳川めるるちゃんも観念。優しさに定評がある。
「あざまーーーす!!」
「って、きっつ! この体勢つらい! 早く撮って!」
土下座したまま喜ぶ青年、空中で足を上げたままの徳川めるるちゃん。その様子は他のメイドさんによって撮影され、思い出のチェキとしてこの世に残された。
「凄ぇな、これが秋葉原か」
その時のワシは、そんなことを思っていた。
それが後日、ワシが戦国メイド喫茶に遊びに行くと、先述のなおやてんが「新しい友人を紹介する」と言って、あの陽気なメガネの青年を連れてきた。
「へへ、俺、たくみんってんだ! テレビ見たぜ、よろしく!」
彼は江戸っ子のように鼻をこすりつつ、ワシと握手を交わした。
「知ってるぞ。前に徳川めるるちゃんに踏まれてた」
「おーいおいおい! あれ見られてたのかよぉ!」
この時点でワシは、このたくみんという男を尊敬していた。彼は常に明るく、周囲を笑わせようと面白いことをする男だった。ただ、とにかくうるさいし、メイドさんにも下ネタや暴言を平気で吐くから既に二回くらい出禁の警告を受けていた。とんだ傾奇者である。
それから、ワシはなおやてん、ねこ、たくみんの三人と仲良く話したり、遊んだり、メイド喫茶帰りに夕飯を一緒に食べたりした。メイド喫茶では推しの話で仲良くなれるが、店を出た後にも仲良くできるのは嬉しいことだ。
しかし、そんなたくみんだが、彼は悲しい別れを経験したのだという。
「かっちゃん、俺はさ、毛利あずみちゃんを推してたんだよ」
何かの機会に、たくみんはボソっと告げてくれた。あずみちゃんといえば、ワシが初めて戦国メイド喫茶に行った時にチェキを撮ってくれたメイドさんだ。しばらく会えないでいたが、実は彼女は数ヶ月前に卒業していたのだ。
「あずみんはさ、大事な推しなんだ。正直、もうあの子以上の推しには会えないと思ってる」
「でも、まだ城(戦国メイド喫茶の異名)に行ってるんだよな」
「ああ、俺はあずみんが守ってきた城を守りたいんだよ。あの子がいなくなっても、あの子の後輩のメイドさんたちを大事にしたいんだ」
男気あふれる言葉だった。まさに彼は、主君を失ってなお残された家を守り続けている、誉のある武士であった。
「じゃ、めるるちゃんは?」
不意に思い出すのは、誕生日に笑顔で踏まれていた彼の姿だ。
「違ぇよ! めるるは推しじゃねーし!」
そういう彼は自分のチェキ帳を取り出す。そこには「徳川めるる」という可愛らしいサインが書いてあった。
「そのチェキ帳」
「ち、違ぇよ! めるるのイベントで、ちょっとシャンパン入れたら特典でついてきただけだし!」
「本当は?」
「ちょっと推してた。だって可愛いからよう!」
それは彼の100%の欲望だった。
そうした訳で、ワシは戦国メイド喫茶で友達ができた。この記事を書いた少し前には、秋葉原でなおやてんと遭遇して話したし、ねこやたくみんとは一緒に忘年会をやった。出会ってから六年、今でもこうして楽しく遊べるというのは実にありがたい。
(つづく)
連載第7回は2/10(木)公開予定です。