よみタイ

戦国メイド喫茶「ガチ恋」の流儀

マツコ・デラックスが驚愕し、神田伯山を絶句させた、異形のSF作家・柴田勝家。武将と同姓同名のペンネームを持つ彼は、編集者との打ち合わせを秋葉原で行うメイドカフェ愛好家でした。2010年代に世界で最もメイドカフェを愛した作家が放つ、渾身のアキハバラ合戦記。 前回は、戦国メイドカフェにおける独特な〈推し被り〉の紹介でした。 今回はメイドカフェあるあるの「ガチ恋」のお話です!
イラスト/ノビル
イラスト/ノビル

「クラスの男子全員から好意を向けられるマドンナ」的メイドさん

 ガチ恋、というのはアイドル現場やメイド喫茶でよく使われる表現で、ようは疑似恋愛で成り立ってる空間の中、本気でアイドルやメイドさんを好きになってしまう現象のことである。でも仕方ないのだ。疑似恋愛でも恋愛なのだから。

 ところで、以前にも書いたようにワシの戦国メイド喫茶での推しは前田きゃりんちゃんだ。しかし、彼女はどういう訳かガチ恋の気配を感じさせない。ワシが見ていた限りだと、前田きゃりん推しの前田軍もさっぱりとした性格の人間が多かった。「推しと推されは似る」という標語もあるが、その通り、きゃりんちゃん自身が明るく楽しげな雰囲気をまとっているから推す方もそれに感化されるのだ。きゃりんちゃんを喩えるなら、中学校時代に男子グループと混じってバスケに参加してくる女子のような扱いだ。恋する気持ちよりも、一緒にいて楽しみたいという気持ちが優先されるような。

 一方、この戦国メイド喫茶には「クラスの男子全員から好意を向けられるマドンナ」のようなメイドさんもいる。それが細川忠興の娘である細川りなちゃんだ。

「じゃ、おまじないやるよ。天罰じゃあ~」

 そう言って飲み物におまじないをかけてくれる細川りなちゃん。黒髪ストレートに愛嬌のある笑みは母親の細川ガラシャを思わせてくれる。落ち着いた性格の真面目な優等生、それでいて変なネタにも笑ってくれるし、子供っぽくはしゃぐ姿もある。さらに仕事もできるし、歌も上手いとくれば、メイドさんとして人気があるのは当然だ。

「今日もりなちゃん可愛かったっすね」

 戦国メイド喫茶からの帰り道、そんなことを言うのは大学の後輩の「とんとん」だ。彼はワシと同じ文芸部に所属しており、SFにも詳しいイケメン大学生という貴重な人材だった。そんなとんとんは、以前に登場した「カエサル」と一緒にメイド喫茶めぐりをしていた仲間でもある。

「え、明日もりなちゃん出勤してるじゃん! 行こうかな……」

 カエサルは興味が別に移ってしまったが、とんとんはワシと一緒に戦国メイド喫茶に通い続けていた。それというのも、あの細川りなちゃんを推すことになったからだ。

「とんとん、細川さんのとこってガチ恋勢が多いよな」

「そっすね、気持ちはわかります」

 冷静な男であるとんとんだが、彼もメイドさんへの恋心をどうにか制御しようと奮闘していた。彼ほどの男を惚れさせる細川りなちゃんというのは、やはりメイドさんとして傑物だったのだろう。

 ある日、ワシが何気なく戦国メイド喫茶で遊んでいると、カウンターで働いていた細川りなちゃんが話しかけてきてくれた。ワシはとんとんの友人ということで、推しではないものの彼女とも仲良くしていた。

「勝家さん、最近ね、とんとんと会えてないんだ」

「忙しいんじゃろう」

「うーん、前に会った時、ちょっと冷たくしちゃったしなぁ。怒ってるのかなぁ」

「怒っとらんじゃろう」

「でもなぁ、寂しいなぁ」

 ははーん、とワシは気づいた。こういう部分がガチ恋を生み出すのだ。

 普段は優等生なのに、たまに小動物のように弱るところがある。まるっきり陰だと相手は離れていくし、逆に陽すぎても恋人のような気持ちを生まない。細川りなちゃんは対人関係における陰と陽のバランスが理想的なのだ。そういえば彼女は邦楽で好きなバンドが陰陽座だと言っていた。ワシも好き。

「勝家さん、今度はとんとん連れてきてね。約束だよ」

「ああ、次は一緒に来るさ」

 きっと細川りなちゃんは、無意識のままに悲しきガチ恋モンスターを生んでしまうのだろう。ワシでさえ、前田きゃりんちゃんという推しがいなかったらコロッといっていたかもしれない。お客さんとメイドさんが恋をするのは店の中だけ、そんな不文律を破りたいと思わせるほどの魅力だ。

 これもメイド喫茶における業の一つなのだろう。

1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント

関連記事

よみタイ新着記事

新着をもっと見る

柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

週間ランキング 今読まれているホットな記事