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その日、ワシは征夷大将軍になった

マツコ・デラックスが驚愕し、神田伯山を絶句させた、異形のSF作家・柴田勝家。武将と同姓同名のペンネームを持つ彼は、編集者との打ち合わせを秋葉原で行うメイドカフェ愛好家でした。2010年代に世界で最もメイドカフェを愛した作家が放つ、渾身のアキハバラ合戦記、いざ開幕!
イラスト/ノビル
イラスト/ノビル

160万円をメイド喫茶で使った人間が到達できる

 平成28年(2016年)8月、柴田勝家、秋葉原に帰還。

 折しもSF作家としてのデビュー作である『ニルヤの島』が文庫化し、着物姿で都内の書店をまわっていた日である。最後の訪問先である秋葉原の有隣堂を後にし、ワシは早川書房の担当者たちと別れて一人で街へと繰り出した。UDXビルの横を通って末広町方面へ。袴を風になびかせて堂々と歩き、目当ての雑居ビルのエレベーター、いや、時空転送装置へ乗り込む。

 信じられないかもしれないが、この時空転送装置に乗っていくとタイムスリップできる。その店では、そういう設定になっている。その場所に行く者は誰であれ戦国時代の有力者となり、南蛮渡来の飲み物や料理を楽しみつつ、名だたる大名や武将の娘たちと会話を楽しむことができるのだ。

 つまり戦国メイド喫茶である。

「御館様のご帰城です!」

 店に入ればメイドさんの明るい声が響く。一般的なメイド喫茶なら「ご主人様のご帰宅です」となるところだが、さすが戦国といったところだ。

「勝家だ! 勝家さんが来たぞ!」

 席に通されるまでの間、先に来ていた常連たちが声を上げる。皆、ワシの友人たちでもある。彼らに手を振りつつ、まさしく凱旋の気持ちで進んでいく。

「征夷大将軍様のお成り~」

 そして、ワシはそう呼ばれてメイドさんに案内される。よもやの肩書は征夷大将軍。主君の織田信長公でさえ得られなかった武門の頂点である。それがどうして、ただの柴田勝家に与えられたのか。

 まず、この戦国メイド喫茶ではポイントカードシステムを導入している。会計が1000円ごとに1ポイント、それが40ポイントでカード1枚が満了。足軽組頭から始まり、それが2枚で足軽大将、3枚で侍大将、5枚で家老、10枚で大名、20枚で征夷大将軍にまで到る。つまり合計40枚、約160万円分をメイド喫茶で使った人間が到達できるものだ。

「勝家! 勝家将軍!」

 すなわち、この店における征夷大将軍とは――。

「うむ、今日も変わりないな」

 やべぇヤツに与えられる称号である!

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新刊紹介

柴田勝家

しばた・かついえ
1987年東京生まれ。成城大学大学院文学研究科日本常民文化専攻博士課程前期修了。2014年、『ニルヤの島』で第2回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞し、デビュー。2018年、「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」で第49回星雲賞日本短編部門受賞。著書に『クロニスタ 戦争人類学者』、『ヒト夜の永い夢』、『アメリカン・ブッダ』など。

Twitter @qattuie

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