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いつになったら「奥さん」に慣れるのだろうか【第15回 社会が求めるロールモデル、役割だらけの現実】

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背中には強き西日を浴びながら奥さんの顔して魚を選ぶ

「あなた、今日はこの鯖がおすすめですよ」はやっぱり変だから、どうしてもそこには「奥さん」や「お姉さん」、「お母さん」が入り込んでくる。せいぜい耐えられるのは「お客さん」くらいか。そうするとことさらに違和感を感じ続けるだけではなくて、「奥さん」問題にどっぷり身を浸してみるのも一つであるかもしれない。
 そんなことを思って、わたしは再び魚屋さんへ行った。「安いよ、安いよ、今日は地物の鯵がおすすめだよ」と言っている。わたしは少し考えてから、鯵を一皿買った。「はい、鯵ね、奥さん」と言ってビニール袋を手渡される。今日は「奥さん」に身を浸そうと覚悟していたからか、普段のように居心地が悪くはならなかった。隣で太刀魚を覗き込んでいる女性も「奥さん、今日の太刀魚は脂が乗っているよ」と話しかけられている。
 この人も「奥さん」か、と思うと、どことなく親しい気持ちがしてくる。この女性は、どういう人だろうか。今の戦争について今日考えただろうか。どんな本を読んでいるだろうか。どんな家に住んで、何を考えて暮らしているだろうか。「奥さん」と呼ばれて、どんな気持ちになっているだろうか。

四人分四尾の鯵を提げて歩くそれはすなはち四つの寂滅

 鯵でずしりと重いビニール袋を提げて家に帰る途中で、携帯電話が鳴って、わたしは通話ボタンを押す。かけてきたのは編集者さんで、わたしが数日前に送った原稿の確認の電話だった。編集者さんはもちろんわたしを「奥さん」とも「お姉さん」とも呼ばず、「齋藤さん」と言って用件を話し始めた。そのことにわたしはやっぱり安堵する。要件が終わってふたたび歩き出しながら、いつになったら「奥さん」に慣れるのだろうかと考える。
 そんなに身構えて考えないでもいいのかもしれない。そんな深い意味で人は「奥さん」という言葉を使うわけではない。わたしを「齋藤さん」と言ってくれる人との人間関係を大切にしながら、その時々でゆるやかに「奥さん」や「お姉さん」や「おばさん」や「お母さん」になって、受け入れるでも殊更に違和感を持つでもなく過ごしていればいいのかもしれない。

 それでもわたしはやっぱりすっきりしない。子どもの頃から何かになることに慣れなかった筋金入りの人間なのだ。社会の片隅で暮らしながら、社会からの呼び名にきっと一生慣れることなく終わっていくのではないだろうか。そんなものがあるのかわからない「わたし」と、「奥さん」との間を揺らぎながら、わたしはいろんなことを思い、考え、こうやって書き、そして一生を終えていくのだろう。それはそれでいいような気もしてくるのだ。

 

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*次回更新は、6月15日(月)です。

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新刊紹介

齋藤美衣

1976年広島県生まれ。急性骨髄性白血病で入院中の14歳の時に読んだ、俵万智の『サラダ記念日』がきっかけとなり短歌を作り始める。著書に、『庭に埋めたものは掘り起こさなければならない』(2024年/医学書院)、第一歌集『世界を信じる』(2024年/典々堂)がある。

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