2026.4.20
子育て、家事、仕事。わたしは一日の終わりにわずかな力も残っていなかった【第14回】台所から出たくてたまらなくなった日
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スープかき回すあひだに読んでゐるハンナ・アレント、ヴァージニア・ウルフ
子どもを公園で遊ばせながら、わたしは誰か大人と話がしたかった。子どものことだけでなく、好きな本のことや、社会のことや、政治のことも話したかった。でもそんな人には出会えなかった。
台所でスープを作りながら、わたしは本を読んだ。ただスープを作っているだけの女になりたくなんてなかった。でもわたしはスープの染みを本につけながら、台所にいるただの女だった。
自分が書いたもので誰かと繋がりたかった。でもわたしの書いたものは、毎月送られてくる短歌会の冊子の小さな一隅の文字の並びでしかなかった。
この文章を書いている今も、わたしは当時のことを思い出してひりひりとした気持ちになる。台所から出たくてたまらなくなった日のことを、誰かにちゃんと話したことはこれまでなかった。それはただのわがままだと思っていたし、今の幸福を放り出すようで恥ずかしいと思っていたからだ。
わたしが逃げ出したくてたまらなかった台所は、もしかして誰かから見ると理想に見えたかもしれない、と今なら思う。子育てをしながら会社を経営して、家のこともきっちりやる。確かにそんなふうに見えただろう。いや、今だってそう見えているかもしれない。

どれくらゐ名前を呼ばれてゐないだらうわたしがどこかわからなくなる
わたしは台所をずっと鳥籠みたいに感じていた。今住んでいる家を作るときに、夫が言った。
「女の人は台所が自分の部屋みたいなものだから」
費用とスペースの兼ね合いから、当時わたしの部屋は作られず、その代わりに広くて機能的な台所を設計してもらった。そしてわたしはその台所が好きだった。でも、わたしの居場所は台所だけなのだろうか?
夫がわたしを台所に閉じ込めておく気持ちがあったとは思っていない。単純に、わたしが家のこと、料理をすることが好きだから夫がそう言っているということはわかっていた。けれども、わたしは自分が鳥籠に閉じ込められているような圧迫感を感じずにはいられなかった。
わたしはその台所でたくさんの料理を作った。同時に、その台所でたくさんの本を読んだ。疲れ切って子どもを寝かしつけながら眠ってしまう夜も多かったけれど、少しだけの元気が残っていたら自分のために短歌を書いた。楽しさや喜びなんてなまやさしいものではない。そうしなければ死んでしまいそうだった。そうでなくても、わたしのたましいはもう半分死んでいただろうと思う。
保育園にお迎えに行き、子どもが「おかあさん!」と近寄ってきて、保育士さんが「◯◯ちゃんのお母さん」とわたしに呼びかける。魚屋さんで夕飯のいわしを買う時、おじさんが「奥さん」とわたしを呼んでずっしり重いビニール袋を手渡す。ママ友がわたしの夫を「旦那さん」、わたしのことを「◯◯ちゃんのママ」と言う。わたしは毎日台所でごはんを炊き、おかずを作り、お皿を洗い、そしてまたごはんを炊く。
向こうの景色は見えているのに、手を伸ばしても届かない。見えない柵がわたしを捉えて、わたしは鳥籠の中から出られない。そんな感覚が最も強かったのが三十代の十年間だった。
わたしは今から三年前、ある意味台所を出た。書きたいことがあった。それを書かないと自分がこのさき生きていけないと思った。みっともないとか図々しいとか思う前に、思いつく出版社や知り合いに当たった。そして本を書くことができた。幸運だったと思う。けれどそれだけではない。わたしは鳥籠だと思っていた台所を自分の力で飛び出したのだ。
鳥籠は二重構造だったと思う。一つは社会が決めた規範。女というもの、妻というもの、母というものに求められるロールモデル。そしてもう一つは自分自身で縛り付けていたしがらみ。自分はこれしかできないのだからこうしなくてはいけない、母として妻としてこうやるべきだという決めつけ。そこから抜け出すためには、そういった、母として妻としての自分の役割を何もかも捨てる覚悟がいるのだと思い込んでいた。
台所とはいとほしいものめんどくさいもの けふも炊く白いごはん
わたしは台所を飛び出し、ガラスの鳥籠から抜け出して書くようになった。でもそれは以前考えていたような、それまでのことを全て捨てるということではなかった。わたしは今でも台所にいる。そして同じくらいの時間、台所ではない自分の部屋で書いている。数年前にわたしの書斎が欲しいと言った時、夫は快く同意してくれた。小さなコックピットのようなその部屋で、わたしは全ての文章を書いている。そして、広々として気持ちの良い台所で今日もお弁当や夕飯を作る。
台所に出入りしながら、わたしでありながら妻でも母でも女でもありながら、わたしは今、社会のことや政治のことを家族や友人と話し、本を読み、考え、そして書いている。わたしがわたしでありながら、そしてあなたがあなたでありながらともに生きていく。今日も台所でごはんを炊きながら。

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*次回更新は、5月18日(月)です。
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