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調停を申立! 【逃げる技術!第21回】話の通じる相手じゃなかった

DVから子連れで逃げた編集者の藤井セイラさんが「安心・安全・HAPPYなDV避難」を描くエッセイ。モラハラって何? どこに相談する? 親にどう話す? お金は? 「離婚だって結婚情報誌みたいに明るく語りたい!」と、体験談&Tipsをつづります。

イラスト/藤井セイラ 監修/太田啓子弁護士(湘南合同法律事務所)

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「見たことないレベル」の経済的DV

さて前回、離婚調停の概要についてご説明しました。

役所のソーシャルワーカーも、わたしの弁護士の「早ければ数ヶ月でカタがつくかも」という意見と、まったく同じ見解を示しました。

「セイラさんちのケースは、重度のDVですね。とりわけ経済的DVは、これまでわたしが担当した中でも見たことないほど深刻で、証拠もあります。これだけのものを書面で出されたら、夫さんも観念して『そうですか』と交渉に入るんじゃないでしょうか

また、相手への提出書面について「短時間でよくこれだけの出来事を文章にまとめましたね。思い出しておつらかったでしょう」ともいってくださいました。

そんなわけで、わたしは夫に知られぬように文字通りあちこち走り回って家出準備をしつつ、弁護士と文書を作成し、いよいよあとちょっとで決行の日、というところまできました。

長い苦しみから解放されるのだ、と期待しながらも、どこか現実感のない、ふわふわした気持ちでもいました。一生逃げることなどできないと思っていた生活だったのに、役所と弁護士に相談にいくことで、人生がするりと分岐し、まったく違う進路が芽生えたのです。

人間はいつでも選び直せると信じたい

人間はいつでも自分の意思さえ決まれば、違う選択肢を選び直せるのだ、と思いたいです。ただ、そのためには、知識と、意思決定の力が必要です。

DVや虐待にあっていると視野が狭くなります。心のエネルギーも削りとられ、情報や知識のアップデートも難しく、進路変更や意思決定のパワーも失ってしまいます。ぜひ、このことを被害者にならないためにも、よき第三者や支援者でいるためにも、知っておいてください。

もしかしたら、あなたの身近にもDVやモラハラ、虐待、パワハラ、いじめなどにあっていて、その環境に甘んじているように見える人がいるかもしれません。
「ハッキリ嫌だといえば?」
「そんなに我慢するなんておかしいよ」
そういっても素直に耳を貸さないかもしれません。
せっかくやさしさからアドバイスをしているのに、かたくなな態度を見せる相手に、イライラしてしまうかもしれません。

でも、貧すれば鈍す。
追い詰められていると、新しい道を探すこともできず、ただ昨日の続きを生きていくほかないのだと思いこまされる場合もあるのです。

Tips 80
パワハラ・DV・虐待・いじめなどに遭っていそうに見えて、心配して声をかけても、当の本人が聞き入れないこともあるでしょう。目に余る場合は、役所・警察・児童相談所などの第三者機関に匿名で通報や相談ができます。あなた自身が傷つかない範囲で、できることを。

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話し合い、成立せず

家出直前の日々は気持ちもはりつめていました。仕事もして、育児もワンオペ、130%くらいの力を出していた気がします。緊張と希望がありました。「きっとこれで、彼も少しは変わるだろう。一緒に暮らさなくてもすむようになるだろう」と。

ところが、いざ家出を決行しても、残念ながら夫との話し合いは成立しませんでした。

いまのわたしは当時よりも状況を俯瞰できるようになったので、なぜ話し合いができなかったのか、わかります。

彼にとって、妻とは目下の人間であり、従属物や所有物のようなものでした。

所有物である妻が、弁護士という支援者を得て、家の中でなにが起きていたのかを外部に漏らすこと自体、けしからぬ行為だったでしょう。置き手紙(弁護士と作成した書面)で意見するなんて、夫にとっては「妻の間違った行い」であり、受け入れがたいものだったと思います。

所有とあだ名

夫はよくニヤニヤしながらわたしのことを、豚、奴隷、下僕、家畜、ポンコツなどと呼んでいました。あれは言葉の綾ではなかったのです。
所有の証だったのでしょう。

わたしが嫌がると、その都度「ハハハ! 冗談だよ」と笑いました。「冗談なのにいちいち真に受けるほうが悪い」と怒り、新たに「マニ・ウケオ(真に・受け夫)」というしょうもないあだ名をわたしにつけて、「おい、マニ・ウケオ〜」と子どもの前でわたしを呼んでいました。

豚やポンコツと呼ばれてイヤな顔をするのは、真に受けるわたしが悪い、という理屈です。

夫は「そうやって言葉通り受け取って嫌がるのはお前がアスペ(ASD)だからだ」と、誤った認識に基づいたこともいい、わたしを「アスペ、アスペ」と呼び、「これだからアスペは」と肩をすくめ、ため息をついてみせました。

言葉は人と人との上下関係を規定します。軽んじてはいけません。いじめやパワハラの解決の際に「あだ名」をやめさせるべきなのはそのためです。最近の小学校では、先生が児童を男女問わず「名字+さん」で呼ぶところも増えています。権力差に基づく「イヤなニックネーム」が生まれるのを抑止する力があるように見えます。

Tips 81
あだ名とハラスメントには密接な関係が。本人が嫌がっていそうなニックネームには、悪ノリしないように。きちんと名前に「さん」「ちゃん」などの敬称をつけて呼ぶのがよいでしょう。

妻子が出ていった翌日、わたしの弁護士に電話をかけてきた夫は、半笑いだったそうです。「すぐほとぼりが冷めて帰ってくるだろう」くらいに思っていたのかもしれません。

なぜ彼が、わたしの弁護士に電話をかけたとき半笑いだったのか。いまならなんとなくわかります。
「妻=飼い犬」くらいの認識だったのではないでしょうか

犬のしつけがなっていなかった、首輪がゆるくて逃げ出してしまった、戻ってきたらちゃんとまたシメなおさないと、くらいの認識だったのでは、と思います。そう考えれば、いろんなことのつじつまがあうのです。

2週間以上が経ち、彼が自分の弁護士を見つけてから、再度こちらの弁護士に電話をかけてきました。そのときには、さすがに「どうやら妻はすぐに帰るつもりではなさそうだ」という状況は理解したのか、半笑いではなく真面目な声音だったそうです。

妻を豚と呼ぶのは、きわめて普通のことである

家を出て3週間以上が経ち、わたし、夫、両者の弁護士と、やっと4人での面談の場を持ちました。もしこのときの話し合い(協議)で条件や方向性がまとまれば、協議離婚や別居婚となったでしょう。いったん冷却期間を置くなどの取り決めを交わすこともできたでしょう。

子どもたちのホテル生活も限界に近づきつつあり、家に戻りたい、できれば夫が家を出てマンスリーマンションなどに仮住まいしてくれて、その間に話し合いをまとめられないだろうか、とも希望を抱いていました。実際、そのように進むケースもあるようです。

しかし、面談のテーブルについた夫は笑っています。夫の弁護士も笑いながらそのうちに「奥さん、妻を豚と呼ぶなんて普通のことですよ。わたしだって息子と一緒に家内を豚と呼ぶことがあります。ハハハハ」といいました。

「破れ鍋に綴じ蓋」ということわざがありますが、まさに夫と夫の弁護士は、歳こそ弁護士のほうが15ほど上に見えましたが、奇跡的な噛み合い方を見せていました。このふたりで結婚すればいいのに、と思うほどでした。互いを「豚」と呼びあって生きていけばよいでしょう。

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藤井セイラ

編集者、エッセイスト。2児の母。東京大学文学部卒業後、広告・出版を経てフリーに。子育てに関連する勉強が好きで、気がつけば、保育士、学芸員、幼保英検1級、絵本専門士、小学校英語指導者資格、日本語教師、ファイナンシャルプランナー2級など、さまざまな資格を取得。趣味はマンガとボードゲーム。苦手なものはお寿司。最近、映画館で観たのはプリキュア。

X(ツイッター) @cobta https://twitter.com/cobta

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