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デモデモダッテが止まらない【逃げる技術!第4回】DVによる思い込みって?

電車に乗るのも2、3ヶ月に一度

最後の2年間ほどは、園や習い事の送り迎え、通院、幼児教室や小学校受験や模試といった子どものケアと、あとはギャラの発生する仕事。それ以外での外出は、ほぼ許可されなかったのです(ちなみに送り迎え等の育児を夫が行うことはまずありませんでした)。

第1子を出産して以降の7年間で、自分ひとりでの自由な外出がどれほどあったか振り返ってみます。コンサートに何度かいきましたが、それは公演の広報を手伝ったからでした。また、1度だけ出版関連のパーティにもいきました。どちらも「次の仕事につながることだから」と話して夫の許可を得ています。

電車に乗ることすら、2、3ヶ月に1度といったペースだったと思います。もともと会社員時代はマーケティングが本業でしたので、電車の中で「この路線のこの駅のあたりの女性の服装は、こんな感じ」「最近こんなサブバッグを持つ人が増えた」「中吊りで目立ったのはこの広告」などと意識しているタイプだったのですが、そういう感覚が完全にさびついていくのがよくわかりました。

Tips 21
外出させない、他人と交流させないのもDVの一種。「社会的隔離」「社会的DV」と呼びます。被害者は孤立を深めていきます。自覚しづらいのが特徴です。

レディコミのお姑さんみたいな夫

そんな暮らしを続けると、知らず知らずのうちに行動範囲は狭くなり、自分に自信がなくなり、語彙も貧弱になっていきます。「奴隷」「家畜」などと呼ばれていた時期もありましたが、嫌がる態度を示すと「冗談だよー」「真に受けるなよ!」「あーあ、空気が読めないなぁ」と逆にニヤニヤと叱られます。

でもいま振り返ると、働いて得たお金はすべて渡し、家事と育児を引き受けながらやり方が悪いと毎日のように叱られていたので、「下僕」「ブタ」といった呼び名はたぶん冗談ではなかったのだな、と思います。あれは、家父長制に擬態した奴隷制だったのかもしれません。

もし過去の自分に会うことができるなら「この状況はおかしいよ!」と教えたいのですが、それはかなわないので、似たような境遇の人が気づいて逃げ出すきっかけになってほしいと思い、このように体験を書いています(書くことで自分は救われているので、いまは元気です)。

日曜のさわやかな朝の光の中、階段の隅にほこりがたまっているのを見つけ、夫はそれだけをピンポイントに掃除機で吸い取って「ほら〜セイラちゃん! ここにほこりがあった! うわー、俺に掃除までしてもらっちゃって、恥ずかしくないの〜?」と嬉々として報告してきます。せっかくなら他のところも掃除機をかけたらいいのに、それはしません。

わたしは「はい、ごめんなさい。申し訳ございません」と虚無の心で謝っていました。いまはもう逃げることができて安全な場所にいるので、あれは古典的レディースコミックみたいだったな、人差し指でツーッと窓の桟をぬぐって「セイラさん、ここ!」とピシャリと指摘するお姑さんみたいだったわ、と、そこはかとなくおかしさやかわいらしさすら感じます。

なお、これは我が家だけのことではなかったようです。家事や育児・教育について細かく指導するタイプのモラハラが近年増えていると、臨床家の先生が報告されています。

せめてモルジアナのように

奴隷と聞くと『アリババと40人の盗賊』で機転を利かせて盗賊すべてを倒し、主人公を救う女性・モルジアナを思い出します。モルジアナはまだもう少し大事にされていました。とても聡明で美しく描かれています。わたしは人前に出たときや夫の実家に帰ったときだけは人間らしく扱われていて、家では好き放題いわれていたのだから、ああ、隠れ奴隷だったなぁ、損だなぁとしみじみ思うのでした。

モルジアナはアリババを救った手柄により、物語の最後にはアリババの息子との「結婚」によって奴隷の身分を脱します。では反対に、結婚によって奴隷のような生活におちいってしまった場合には、どうすればいいのでしょう。
わたしはそこから逃げるしかないと思っています。しかし、相手の合意がないと協議離婚はできず、「詰んでしまう」のです(調停をしてそのあと裁判をすれば離婚は成立しますが、3年ほどかかるという覚悟が必要ですし、費用と心理面での負担も大きいものです)。

また、いまの法律では、「さらなる身体的暴力により身体に重大な危害を受けるおそれが大きいとき」しか接近禁止命令を出すことができませんでした。つまりモラハラは対象外なのです。

それが、2024年4月1日から施行される改正法では、「生命・身体・自由 等に対する脅迫により心身に重大な危害を受けるおそれが大きいとき」にも接近禁止命令を発令できるようになりました。

これがどのように解釈されて運用されるのかとても気になっていますが、「身体」ではなく「心身」とありますから、モラハラによって心の病気になってしまう、なってしまった、ということも重要なファクターになるのではないでしょうか。これは日本のモラハラ史における大きな一歩だと思います。

Tips 22
2024年4月に改正DV防止法が施行され、精神的DVも保護命令(接近禁止命令)の対象となります。

次回以降は別居に際しての学校や園との連携や、健康保険証や医療証の扱いについてお伝えしたいと思っています!

当連載は毎月第1、第3月曜更新です。次回は12月18日(月)公開予定です。

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藤井セイラ

編集者、エッセイスト。2児の母。東京大学文学部卒業後、広告・出版を経てフリーに。子育てに関連する勉強が好きで、気がつけば、保育士、学芸員、幼保英検1級、絵本専門士、小学校英語指導者資格、日本語教師、ファイナンシャルプランナー2級など、さまざまな資格を取得。趣味はマンガとボードゲーム。苦手なものはお寿司。最近、映画館で観たのはプリキュア。

X(ツイッター) @cobta https://twitter.com/cobta

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