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月光荘の鉛筆 【群ようこ『今日も愛でたい』 第2回】

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 高校生のときは、シャープペンシルを使ってみたが、私の筆圧が強いのでボキボキと芯が折れてしまい、すぐに鉛筆に戻った。当時の私の周辺では、美しいノートを作るのがはやっていた。文字が一定の太さで、ノートを広げたときにとてもきれいに書かれているのが条件だった。授業の内容を覚えているかどうかなどは、まったく関係がなく、ただノートが美しければ、同級生から褒められた。試行錯誤の結果、友だちが、「なるべく薄い芯の鉛筆を使うと、とてもきれいにみえる」と教えてくれたので、試しにふだんはHBを使っていたのだが、彼女のおすすめの2Hを使ってみたら、芯が硬すぎて私には合わなかった。
 都心の大きな文房具店に行ったときに、鉛筆のコーナーを見ていたら、そこに近所の文房具店では見たことがなかった、Fという鉛筆があった。何だ、これはと驚き、早速買って書いてみたら、これが私にしっくりきて、翌日、学校に行って、
「こういうのがあった」
 と友だちに見せると、
「わあ、何それ」
 と話題になった。
 卒業するまでずっとFの鉛筆を使ってなるべくきれいにノートを書こうとしたが、最初の頃は丁寧に書くものの、後になるとだんだん面倒くさくなって、殴り書きに近くなった。高校の三年間、好きな学科のノートはきちんと取り、内容もちゃんと覚えるようにしたけれど、そうではない学科のノートは、ただ先生の板書を書き写しただけで、美しいノートは、成績向上にはまったくつながらない、ただの自己満足でしかなかった。

 大学生のときは何を使っていたか、ほとんど記憶がない。ゼミの課題の創作物を提出するときは、四百字詰め原稿用紙に万年筆で書いたのは覚えている。他の授業のときはどうだったかは忘れた。でもやはり鉛筆は好きで、必ず私の机の上には、鉛筆、消しゴム、鉛筆を削るカッターがあった。鉛筆削りを使えば便利なのだけど、ちびた鉛筆をカッターで削る時間が好きだったのである。学校を卒業し、就職し、物書きという自営業者になっても、鉛筆はそばにあった。筆記用具にはあれこれ手を出し、ボールペンの文字もこすれば消える時代になったが、やはり今でもいちばん好きな文房具は鉛筆なのだ。

 鉛筆のいちばんのかわいいところは、使うと減るところである。そういう話をすると、
「鉛筆は芯を削るのも、削りかすを捨てるのも面倒くさい」「芯を触ると手が汚れる」「鉛筆を使っているとだんだん芯が太くなってきて、それにつれて文字も太くなってくるので、見た目が悪い」「持ち歩くのに不便」などとても分が悪い。どれもうなずける理由であるが、それでも私は鉛筆が好きなのだ。

 真新しい鉛筆を削るときは、特に大層な出来事があるわけではないが、新しいことをはじめる気分になるし、芯がちびていって、それを削るときも、なるべく尖りますようにと思いながら削る。そうするとまた新たな気持ちで書ける。なかには不良品なのか、削ると芯が折れてしまうものがある。軸の中で芯が折れたのか、ごくたまにこういうものがあると、
「どうしてこんなことに」
 ととても悲しくなる。
 短くなっていく鉛筆を見ると、がんばってくれていると愛おしい。同時に、私も仕事をやっていると思える。短くなってきたら、赤い軸がかわいいHelveticaや、STAEDTLERの鉛筆ホルダーに差し込んで使えるし、やった感もより盛り上がって、新たな喜びが生まれるのだ。パソコンで原稿を書き、メールで送っているのに、どうして鉛筆が必要なのかと聞かれるのだけれど、私は原稿を書くときに、ものすごくメモを書くのである。そのメモというのは、いろいろと見聞きしたこと、調べた事柄を書き留めておいたもので、すべて鉛筆で書いている。うちには2B以上の濃さの鉛筆を各種常備しているので、ペンよりも鉛筆のほうが身近にある。
 原稿を書いた後は、プリンターで印刷してから推敲する。そのときに使うのは、月光荘の太軸の8Bの鉛筆と決めているので、仕事をするときの必需品なのだ。本来はデッサン用だと思うのだけれど、これがないとどうも仕事が捗らない。もちろんそれを削る太軸用の鉛筆削りも購入している。

 また四年前からお茶のお稽古をはじめたのだが、口伝の点前があり自分でお点前のテキストを作らなくてはならない。稽古場ではメモを取れないので、家に帰ってからノートに書き出すのだが、当然、すべては覚えられない。覚えている部分だけを書き出し、そのお点前の稽古をするたびに、書き足していく方式しかできない。覚え間違いもあるから、あとで消せるようにすべて鉛筆で書くしかないのだ。またあまりに消したり書いたりするので、濃い鉛筆がよく消える消しゴムはないかと探してみたら、あった。濃い鉛筆を使う、小学校の低学年用のようで、さすがによく消えて重宝している。
 鉛筆は私の生活のなかで、欠かせないものなのだが、某鉛筆の会社のサイトで、そこの鉛筆には10Hから10Bまで、22種類の濃さがあると知った。
「何? 10Bだと?」
 それを見た私は、まだ見ぬ10B鉛筆に心を惹かれているのである。

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次回は7月8日(水)公開予定です。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社。84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』で作家としてデビューし、同年に専業作家となる。小説に『無印結婚物語』などの<無印>シリーズ、『今日もお疲れさま パンとスープとネコ日和』などの<パンとスープとネコ日和>シリーズの他、『かもめ食堂』『捨てたい人捨てたくない人』、エッセイに『還暦着物日記』『スマホになじんでおりません』『老いてお茶を習う』『六十路通過道中』『ちゃぶ台ぐるぐる』『かえる生活』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』』など著書多数。

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