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結婚すれば、寂しさから逃れられるのか【第12回 】おひとり様よりつらい既婚者の荒涼感

一人旅、一人暮らし、ソロ活。
縛られず、気兼ねなく過ごせる一人の時間は自由気ままで、得難い魅力があります。
一方で、孤独死、孤食、ぼっちなど、「一人」に対して、否定的なイメージがつきまとうことも否めません。
家族関係も多様となり、オンラインで会わずにつながる関係性も行きわたった昨今、一人=孤独というわけではないにもかかわらず…。
隣に誰かがいても、たとえ大人数に囲まれていても、孤独は忍び寄ってくるもの。
『負け犬の遠吠え』『男尊女子』『消費される階級』『ひのうえうまに生まれて 300年の呪いを解く』など、数多くの著書で時代を掘り下げ続ける酒井順子さんが、「現代人の孤独」を考察します。

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二人でいるのに寂しい

え・たんふるたん
え・たんふるたん

 三十代の負け犬盛りの頃、自分が一人でいることに対する不安を、既婚の友人に述べていた時のこと。
「いいよねぇ、夫がいるって」
 と言うと彼女が、
「でも、一人の寂しさと、二人の寂しさを比べたら、二人でいるのに寂しい方が、ずっとつらいんだよ」
 とつぶやいたのです。
 当時の私は、とにもかくにも「一人」という状態から脱しさえすれば、孤独感は解消するものと思っていました。しかし既婚の友人は、そうではないと言う。何か事情があるのか? と思っていると、
「実は夫に女がいるみたいで」
 と、彼女が突然の告白を始めたではありませんか。
 皆に祝福されて、エリート会社員と結婚した彼女。夫婦仲は円満と思っていたけれど実はそうではなかったようで、夫が浮気をしているのだそう。彼女は、
「離婚しようかなと思ってる」
 とも言っています。
 彼女の話を聞けば、一人の寂しさよりも、二人の寂しさの方がつらい、という言葉の意味が迫ってきたのでした。一人者が寂しいのは当たり前だし、それに慣れてもいる。同じ立場の友人も大勢いて、孤独の解消法も熟知しているし、どこかで一人という状態を楽しんでもいる。
 対して、夫という人生のパートナーがいるにもかかわらず、その夫が自分の方を向いていないとなると、一人者の寂しさとは異なる、荒涼たる心持ちに包まれるのだろう。……と、鈍い私もさすがに理解したのです。
 頬づえをついている彼女が、うんと離れたところにいるように見えてきて、自分の寂しさについて語ることをやめた私。それは、結婚すれば孤独から逃れられるわけではないことを知った瞬間でした。
 彼女はその後、離婚して一人暮らしを始めました。
「もちろん寂しい時はあるけど、この寂しさは清々しい! 夫と相手の女を恨みながら、じっとりと帰りを待っていた時の気持ちとは全然違う!」
 と、清々しい顔で言っていたものです。

他人同士が共に生きる奇跡

 夫婦とは奇妙な関係であるものよ、と私はいつも思います。もともとは見ず知らずの間柄だった男女が、好いたりれたり、はたまたアプリで出会ったりして、「どちらかが死ぬまで、ずっと一緒にいます。他の人とはセックスしません」と約束し、国からも「一緒にいてよろしい」とお墨付きをもらう。日本においては子作り行為も、ほとんどが法的に結婚した男女の間でのみ、行われています。
 夫婦の間に子供が二人いるとしたら、一家四人の間で血縁関係に無いのは、夫婦のみ。だからこそ夫婦は、「やっぱり無理」となったら、別れることができます。血でつながっている親子やきょうだいは、基本的には別れられないけれど、夫婦関係は解消することができるのです。
 だというのに「夫婦は」と言われるのはなぜなのか、と私はかつて疑問に思っていました。血で濃厚に結びついている親子が「二世」、すなわち今世だけでなく来世までも続く深い縁なのだ、ということならわかりますが、元は他人同士、かついざとなれば別れることもできる夫婦の縁が来世まで続くとはこれいかに、と。
「夫婦は二世」は、仏教における考え方です。元々はあかの他人である二人がずっと一緒にいるという縁に、かつてどこかの仏教者が感じ入ったのでしょう。他人同士が共に生きるというのは、ほとんど奇跡のような関係性であることよ。……と、私も大人になってから思ったことでした。
 それというのも私の両親はかなり不仲であり、不貞だ別居だとすったもんだがあったにもかかわらず元の鞘におさまり、気がつけば死が二人を分かつまで、夫婦というユニットを解散しなかったのです。
 離婚するのはたいそう面倒だと言うし、母親は一人で生きていく経済力を持っていなかったから、きっと何となく離婚しそびれたのだろうなぁ。……と子としては思っていたところに、父が他界。母はきっと、父から解放されて、「わーい!」とばかりに生き生きしだすクチだろう、と思っていたのですが、一人になった母は、寂しさのあまり落ち込む時期が長く続いたではありませんか。
 母は父への不満を何十年間も述べ続けていたというのに、これはどうしたことなのか、と私は驚きました。そして、「これが『夫婦は二世』ということなのか」と思ったのです。

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新刊紹介

酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』『老いを読む 老いを書く』『松本清張の女たち』『ひのえうまに生まれて 300年の呪いを解く』の他、『枕草子』(全訳)など多数。

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