よみタイ

結婚すれば、寂しさから逃れられるのか【第12回 】おひとり様よりつらい既婚者の荒涼感

親の死よりもずっと重い、パートナーがいなくなるという事実

記事が続きます

 広い世の中で、たった一人の相手と出会って共に過ごすことを決め、二人の血を引く子供をもうけ、やがては相手の死を看取る。この縁は、血によって嫌でもつながる親子やきょうだいとは異なり、自分で選択する縁です。自分で選び、自分で保ってきた縁が死によって断ち切られてパートナーがいなくなるという事実は、親の死よりもずっと重い意味を持つのだと、遅まきながら私は気づくこととなった。
 結婚は、世界中で大昔から存在している制度です。カップルを固定させておかないと、男女関係が乱れ、親子関係が複雑化し、ひいては世の中が混迷を極めるということで、このような制度が続いているのでしょう。
 結婚は、人という資源を効率的に再生産するためのシステムでもあります。産み役としての妻と、産ませ役としての夫を一つがいとし、子供が生まれたら妻が育て役を担うのが、伝統的な形。人間という動物が種の保存を考えた時、おそらくそのシステムが最も適していたのだと思います。
 しかしそのシステムは、幸福という観点を考慮していませんでした。子供さえ生まれれば、個人の幸福は犠牲になっても仕方がないとされた上での、結婚制度だったのです。
 特に妻の側の幸福感は忘れられがちだったのであり、日本でもかつては「腹は借り物」「子なきは去れ」などと言われていました。また夫の蓄妾は当たり前でも、妻の婚外セックスは、罰せられたのです。
 なぜそうなっていたかといえば、父系を守るためでしょう。夫の血筋を確実に残すには、妻Aに子供が生まれないなら、妻Bに替えても、仕方のないこと。妻の婚外セックスだけが罰せられたのは、妻が夫以外と交わると、子供が生まれた時に、父親が誰だかわからなくなり、父系の継承があやふやになってしまうからです。
 しかし近代になると、事情が変わります。人は、子孫繁栄、というか父系の継承のために結婚するのではなく、自分の幸福のために結婚するようになってきたのです。
 となると夫婦における幸福の質も、変わります。家をつなぐために結婚していた時代、女性は〝嫁″として身を粉にして働きながらも、家の中に自分の居場所を見つけられずに孤独を感じなくてはなりませんでした。跡取りの男児を含め、多くの子を産み、育て上げることで、ようやく“嫁”は家の中に地位を得たのです。
 もちろん今も、子を産み育てることは大きな幸福ですが、人はそれだけで満足するわけではなくなりました。子供は、生まれれば嬉しいけれど、いなければいないでいい。他にも、仕事をして評価され、パートナーと愛し愛され……といった幸福感を人は重視するようになったのです。
 

結婚しても、一人でいたい

 今、天皇家など特殊な家以外では、家の継承は重視されていません。みんな盛んに墓じまいをしているようだし、家がつながらないのは普通のこと。結婚した夫婦は、そんなことよりも、それぞれの幸福の追求に夢中なのです。
 かつては「ゴルフ・ウィドウ」という言葉がありました。夫が週末にゴルフばかり行っているので、妻がウィドウのように孤独になってしまう、という意でしたが、今は夫がゴルフに行くからと孤独を嘆く妻はいません。妻は妻で推し活があったりピラティスに行ったりするのであり、たまに夫がゴルフに行かない週末があると、
「えっ、行かないの?」
 と、あからさまに不満そうな顔をするのでした。
 仕事の面でも、夫婦はそれぞれの道を歩みます。かつては、夫が会社員で妻が専業主婦というのが一般的夫婦でしたが、男性と同様に働く女性が増加。夫よりキャリアも収入も上、という妻も珍しくなくなりました。
 となると求められてくるのは、妻の方が注目されたり、家を空けている時間が長かったりという孤独に不満を示さず、妻をサポートすることができる夫です。妻高夫低状態であっても、まだ家事負担は妻の方が多いという家庭は日本にたくさんありますが、妻を支えるためにも、男性の家事能力の必要性は今後ますます上がることでしょう。
 家事や育児の分担をめぐって、夫婦仲が悪くなるという事例も、昨今は見聞きします。が、昔のように、稼ぐ夫と支える妻という夫婦が当たり前で、何かというと、
「誰のおかげでメシが食えると思ってるんだ」
 と夫が怒鳴っていた時代と比べると、今はまだマシと言えましょう。
 あの時代は、夫が妻を怒鳴ったり殴ったりして家の中で嫌われて孤立してしまうのだけれど夫はそのことに気づかず、妻はほとほと嫌気がさして離婚したいけれど経済力がないので実行に移せず、仕方なく夫に仕え続けて金婚式を迎え、やがて夫が死ぬ間際になって、
「今まで世話になったな。ありがとう」
 とひとこと言うことによってそれまでの暴力や暴言はチャラになり、
「お父さん!」
 と妻は叫んで涙。……という両親の姿を見て子供達も涙し、
「夫婦は二世、ってことなんだね」
という結論に達して夫は骨になっていました。夫はおそらく、自らが抱えていた孤独に、死ぬまで気づいていなかったはずです。
 それを思えば今の若者は最初から、結婚すれば孤独でなくなるとは思っていない気がするのです。個としての幸福感が守れない結婚ならしなくていい、という感覚があるのではないか。
 他者とコミュニケーションをとることの大変さ、そして一人でいることの快適さが身にしみている今時の人々が見つめる結婚へのハードルは、かなり高そうです。しかし、「結婚しても、一人でいたい」という矛盾した気持ちを抱えながらも夫婦になる今時の若者の方が、案外平和な家庭を築くのかもしれない、とも思うのでした。

記事が続きます

^^^^^^^^^^^^^^^^
*次回は5月25日(月)公開予定です。

1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント

新刊紹介

酒井順子

さかい・じゅんこ
1966年東京生まれ。高校在学中から雑誌にコラムを発表。大学卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『男尊女子』『家族終了』『ガラスの50代』『女人京都』『日本エッセイ小史』『老いを読む 老いを書く』『松本清張の女たち』『ひのえうまに生まれて 300年の呪いを解く』の他、『枕草子』(全訳)など多数。

週間ランキング 今読まれているホットな記事