よみタイ

今日もどこかで誰かが「名も無き肉料理」を作って食べている

「名も無き肉料理」カテゴリーの中の重要なひとつに「肉と適当な野菜を炒めて焼き肉のタレで味付けした料理」があるのではないかと思っています。前にも書いた通り、ホットプレート焼き肉は、小ハレの家庭料理としてほとんどの家庭で作られているはずです。そしてそのために用意された焼き肉のタレは、絶対にその一回では使いきれないはず。どうかすると、世の中における焼き肉のタレは、焼き肉よりもむしろ名も無き肉料理で消費されていてもおかしくない気がします。
 料理初心者の方からはよく、買った野菜が使いきれないというお悩みが相談されます。逆に経験豊かな方からは、自炊のコツは冷蔵庫のリソース管理である、みたいな話も聞きます。時々は最初から作るものを決めて買い物に行くけど、ほとんどの日はむしろ冷蔵庫に何があるかを確認し、早く使い切りたい食材を中心にして作るものを決めていく、ということですね。
 そうやって家庭ごとに様々な「名も無きスープ」「名も無き煮物」そして「名も無き肉料理」が作られるのでしょう。個人的にSNSで一番見たい料理とはそういうものなのですが、残念ながら人々はそういうものに限ってSNSにはあまり上げてくれません。「日常的で気取らない日々の料理」みたいな体裁で上がってくるものは、却って細部まで配慮が行き届いた、日常風という名の「作品」に仕上げられたものがほとんどです。
 それを見た人々は、日常の料理であってもここまで整えねばならないのか、と嘆息します。そしてそれができない自分を責めることにもなりかねません。普段の名も無き料理を、筒井康隆のように「ひどい料理」とまで認識するかどうかはともかく、それはある種の呪いでもあります。

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 しかしそんな状況に業を煮やして、ある時SNSで逆に「普段作る名も無き肉料理はどういうものですか?」と質問してみたことがありました。そうしたらもう、様々な報告が来るわ来るわ! 肉は安価でおいしい「豚コマ」が人気でした。味付けに関しては、やはり焼き肉のタレは頻出のひとつでしたが、それ以外で圧倒的に多かったのが「ガラスープの素」でした。そこにオイスターソースや醤油も加わります。いずれも、テキトーに作っても味がまとまりやすい方向性ですね。しかし逆に、そういう味付けは飽きがくるのも早いということで、最終的に塩コショウのみに落ち着いたという報告もありました。
 使う野菜はキャベツなどを中心にごく身近なものをありったけ取り合わせて、というまさに冷蔵庫のリソース管理的なものが多いようでした。しかしこちらも一方で、「もやしだけは入れない(なぜなら全体がもやしに支配されるから)」、「飽きるから野菜は一種に絞る」といった、こちらもミニマル志向のものもちらほら。
 そんなあまりにも興味深い報告の色々を読んでいたらふと、こういう人それぞれなものをまとめて一冊の本にしたら、とても面白いし超一級の資料になるのでは……と思いました。しかしそうなってしまうと今度は、各自が一斉に細かい体裁を整え始めてしまい、世にある普通の料理本と似たり寄ったりのものになって、本来の意味が失われてしまいそうな気もします。
 観測者が現れると状態が変わってしまう、量子力学のような家庭料理の世界。やはりどこまでも興味は尽きません。

イラスト:森優
イラスト:森優

次回は8/14(金)公開予定です。

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稲田俊輔

イナダシュンスケ
料理人/飲食店プロデュ―サー/「エリックサウス」総料理長。
鹿児島県生まれ。京都大学卒業後、飲料メーカー勤務を経て円相フードサービスの設立に参加。
2011年、東京駅八重洲地下街に南インド料理店「エリックサウス」を開店。南インド料理とミールスブームの火付け役となる。
SNSで情報を発信し、レシピ本、エッセイ、小説、新書と多岐にわたる執筆活動で知られる。
レシピ本『南インド料理店総料理長が教える だいたい15分! 本格インドカレー』『ミニマル料理』シリーズ、エッセイ『おいしいもので できている』『食いしん坊のお悩み相談』『異国の味』『東西の味』、小説『キッチンが呼んでる!』、新書『お客さん物語』『料理人という仕事』『食の本 ある料理人の読書録』など著書多数。

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