よみタイ

子育てに本当に向いていなかった私が唯一、今も捨てられない子どもたちのもの

かつて住んでいた誰かが、かつて持っていたもの。
家はそれを大事に抱えて、ときにぽろりとおとしていく。
村井理子さんが、自宅や、実家、義実家で見つけた「もの」を通して
忘れがたい記憶の断片を綴るエッセイ。

第1回は、村井さんの双子子育てを支えたある盟友の存在について。

第1回 母と私の青い車

イラスト:naohiga
イラスト:naohiga

 子どもたちが幼い頃に着ていた衣類、使っていたおもちゃは、本人たちの了承を得たうえで、なるべく整理して、残す必要がないと判断すれば処分してきた。荷物が増えるから、場所を取るからだけではない。そういった荷物が想起させる記憶を遠ざけたいという、私の個人的な理由もある。息子たちの幼少期は苦労が多い時期で、できればもう少し記憶の底にしまい込んでいたいのだ。たぶん、もっと年を取ったら穏やかな気持ちで向き合えるようになるだろう。でも、今はまだ早いような気がしている。
 実は、幼い頃の息子たちと一緒に写った写真は数えるほどしかない(息子たちが成長してから撮った写真はたくさんある)。こんなに打ちひしがれた私の日々を残してどうするという思いで、徹底的にカメラを避けた。今にして思うと、よほど育児に追いつめられていたのだと思う。心配してくれる周囲の人たちに対して、まったく素直になれなかった。二十年前の自分のところに駆け寄って助けてあげたい気持ちになる。
 そんな状況でも子どもたちは当然かわいいから、今の姿を残してあげようと私が撮影した二人の写真は多く残っている。でも、私がその写真を懐かしさとともに見返すことができるようになったのは、ここ数年のことだ。何年もの間、私は幼い二人の姿を見ることができなかった。見てしまうと、あの頃の苦しさが甦ってくるから。だから、二人の幼さから逃げ、目を逸らしたまま、ただ目の前の二人に向き合って育ててきた。
 彼らが二十歳を迎えた今になって、冷静に自分の育児を振り返って考えると、私は本当に子育てに向いていなかったと思う。赤ちゃんという存在は大好きで、今でも街で赤ちゃんを見かけると思わず笑顔になってしまうほどだが、正直な話、泣き声は苦手だ。いや、正確に書くとするなら、大きな声が苦手だ。徐々に大きくなっていく高い声が、叫びが、自分を追いつめる音のように感じられて恐ろしくなる。そんな私だから、わが家の双子の息子たちがひっきりなしに泣いていた時期は、耳を塞いで耐えるしかなかった。慈しむことと、育てることは違うのだと理解したのがその頃だ。

記事が続きます

 子育てという大仕事においては、愛情がいくらあっても、ダメなときはダメだ。どうがんばっても、無理なときは無理。そう開き直ることができるようになるのは、子育てがスタートしてからしばらく経過したあたりなので、どうしたって新米の親は悩むことになる。周囲を見れば、子どもに対して優しそうな親ばかり。隣の芝生は青いではないが、隣の母が穏やかなんて場合、自分は大丈夫かと心配になるし、「優しいお母さんになりたい」と感じ、理想とされる子育てを実践しようと意気込むときも、誰にだってあると思う。私にもそんな時期は確かにあった。
 例えば、本の読み聞かせに関しては、私がやらないでどうするとがんばったが、なにせ普段読んでいる本が激しいノンフィクションばかりなので、あっという間に(自分が)退屈になった。我慢に我慢を重ねても途中から胃が痛み出すようになり、諦めた。会話ができない相手とのコミュニケーションは、犬を飼い続けていたから得意だったはずなのに、相手が人間になった途端に苦痛になった。近所の児童館に通いつめてみたが、子どもの社会性を育もうとするなら、まず親の社会性が育まれていないと難しいと薄々気づいて、足が遠のいた。
 双子と散歩に出るのは危険だった。それぞれが同時にダッシュして、左右に逃げて行くからだ。だから結局、長距離トラックみたいに縦長のベビーカーに二人を乗せて、外に出ることになる。歩いているのは私だけ。もはや意味がわからないし、やけにしんどい。育児書や育児雑誌に書いてあることは、何一つできない子育て。それが私の子育てだった。
 今思えば、ワンオペ育児のうえに産後うつだった。働き盛りの夫は夜遅くなるまで戻ってこない。その穴を埋めようと義父母が連日わが家にやってきて、夕食まで済ませていくようになった。夕食の支度はもちろん私。地獄に終わりが見えなかった。限界を迎えて保育園に通わせたが、私が本当の意味で自分を取り戻せるまで回復するには長い時間がかかった。
 このようなどん底の日々を送っていた私が、延々と走り回る息子たちをなんとか押さえつつインターネットショッピングをしていたときのことだ。当時の私の最大の楽しみは、育児関連グッズを買い漁ることだった。なかでも、親が一分でも長く自由時間を得られるような、子どもの注意を引くグッズには惜しみなく資金を注ぎ込んでいた。とにかく「いい!」と言われているものはほとんど買った。確かに、評判の高いおもちゃは子どもを長時間楽しませてくれる。そんな素晴らしいおもちゃハンティングに明け暮れていた私の目に飛び込んできたのが、カッピーライダーという妙な乗り物だった。

記事が続きます

1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント
村井理子

1970年、静岡県生まれ。翻訳家、エッセイスト。
主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術』『ハリー、大きな幸せ』『家族』『はやく一人になりたい!』『村井さんちの生活』 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』『ブッシュ妄言録』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『ふたご母戦記』『義父母の介護』『エヴリシング・ワークス・アウト 訳して、書いて、楽しんで』『実母と義母』『ある翻訳家の取り憑かれた日常』など。
主な訳書に『「ダメ女」たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『エデュケーション』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』『消えた冒険家』『射精責任』『PARIS The Memoir』『ハリウッドのプロデューサー、英国の城をセルフリノベする』など。

X:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

[週間ランキング] 今読まれているホットな記事