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岩盤温度165℃の“隧道”を体感し、 巨大な黒部ダムを下から見上げる! 北アルプス黒部峡谷「高熱隧道」と「旧日電歩道」【山の名&珍プレイス 第12回 後編】

登山といえば、目的地はやはり山頂? いや、山頂以外にも目指すべきおもしろい場所はたくさんあるのです! それは、怪奇現象が起きる不思議な場所だったり、ユニークな逸話がある名所だったり、見たこともない大木や不思議な形をした巨岩だったり……。
本連載では、アウトドア雑誌や山登りの指南本、TV番組や各種イベント出演でもおなじみの山岳ライター・高橋庄太郎が、豊富な山経験をもとに、自分の足でわざわざ見に行く価値がある、こだわりの山の名スポット・珍スポットを紹介していきます。

前編に引き続き、紹介するのは、高低差2000mにもなる深さで北アルプス中央部を切り刻む「黒部峡谷」。転落すれば死に直結する断崖絶壁の谷間には、冬になれば音速に近い爆風をもたらす泡雪崩も発生し、ヒリヒリするような大自然の恐ろしさを感じさせてくれる日本の秘境中の秘境です。一方で、歩いてしか入れない秘湯マニア垂涎の温泉が存在し、地中を走る高熱隧道は文学作品の舞台にもなるなど、さまざまな魅力がたっぷり。しかも黒部峡谷を奥深くさかのぼれば、日本一の知名度と巨大さを誇る黒部ダムまで控えているのです。

バナー・本文写真/筆者提供

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「水平歩道」と並走する灼熱のトンネル「高熱隧道」

驚異的な深さと長さを誇り、ひとたび転落すれば命がない断崖絶壁の道「水平歩道」。前編ではひとつの拠点となる欅けやき平から阿曽原あぞはら温泉小屋まで区間をメインに、吉村昭の同名小説の舞台であり、岩盤温度165℃にもなったという「高熱隧道ずいどう」についても簡単にご紹介した。

さて、ここからはその高熱隧道を改めて説明していこう。

第一次世界大戦後、国力を増強する必要に迫られた日本は、黒部川の水力資源に着目し、北アルプス奥地に新しい水力発電ダムを作ることを決定した。その準備のために前編で取り上げた「水平歩道」を開削し、その成果を踏まえて、次に長大な地下トンネル(隧道)の掘削に取り掛かった。着工は「二・二六事件」が発生した1936年、完成は第二次世界大戦勃発の翌年1940年といえば、時代背景を把握しやすい。

トンネルは黒部川下しもノ廊下の欅平からダム建設の予定地である上流の仙人谷まで全長7㎞強の計画だったが、完成までには幾多の困難が待ち受けていた。その象徴が、後に「高熱隧道」として知られる約500mの区間。500mは全長の14分の1の距離でしかないが、工事は難航を極めた。

掘り進むにつれて岩盤温度が増し、ついには165℃を記録。噴出した熱水で多くの工夫が強度の火傷を負い、それでもツルハシを振るう背中に黒部川からくみ上げた冷水を浴びせかけ、少しずつ掘り続けていく。しかし、あまりの高温のためにダイナマイトが繰り返し暴発、多数の死傷者が出てしまう。

そんななか、トンネルの外では“泡雪崩ほうなだれ”が発生。これは、時速200km以上で流れ落ちる雪崩で空気が圧縮され、それによって音速を超えるともいわれる爆風を生み出す煙型乾雪表層雪崩だ。工夫が使っていたコンクリートの宿舎は尾根を越えて600mも吹き飛ばされ、その事故だけで少なくても犠牲者は84人。高熱隧道での犠牲者や水平歩道からの転落などを含めれば、工期中の死者はなんと300人以上にもなったのであった……。

現在も高熱隧道はダムの管理のために使われ、現役の存在だ。岩盤温度はかなり下がったようだが、それでも高熱隧道からは今も熱湯が流れ出し、そのお湯を使用して阿曽原温泉小屋には露天風呂が設けられている。

阿曽原温泉の露天風呂。温泉は露天風呂の脇にあるトンネルの奥からパイプで引いている。この高熱隧道につながるトンネルの出入り口は脱衣所として利用され、内部から流れ出す熱気を体感できる
阿曽原温泉の露天風呂。温泉は露天風呂の脇にあるトンネルの奥からパイプで引いている。この高熱隧道につながるトンネルの出入り口は脱衣所として利用され、内部から流れ出す熱気を体感できる

露天風呂は小屋よりも50mほど低い場所で、高熱隧道自体は小屋の真裏に位置し、テント場とも至近距離。宿泊者でもあまり気付いていないが、このテント場の横にはフェンスで覆われた出入口があり、じつはそこから高熱隧道内にアプローチできる。ただし、鍵がかかっており、関係者以外は立ち入り禁止だ。

阿曽原温泉小屋のテント場。この写真の右手のコンクリートの壁に高熱隧道への出入り口がある
阿曽原温泉小屋のテント場。この写真の右手のコンクリートの壁に高熱隧道への出入り口がある
以前の取材時に許可を得て撮影した高熱隧道の内部。トロッコの線路が引かれていて、欅平と仙人谷につながっている
以前の取材時に許可を得て撮影した高熱隧道の内部。トロッコの線路が引かれていて、欅平と仙人谷につながっている

高熱隧道は阿曽原温泉小屋と現在の仙人谷ダムの間に位置し、残念ながら誰もが気軽に見学できるわけではない。だが、今年10月から「黒部宇奈月うなづきキャニオンルート」として一般公開が始まり、旅行会社が企画したツアーに申し込めば、高熱隧道の区間をトロッコ電車で通過することはできる。興味がある方は、参加するとよいだろう。

まさか、こんな山奥に! 思いがけず現れる人工の施設

地中の高熱隧道とともに、地上では水平歩道が仙人谷ダムまで続いている。仙人谷ダムまでの区間は、欅平から阿曽原温泉小屋までほどの断崖絶壁はなく、比較的緩やかで森が中心だ。だが、さらに先へと進むと突然、日本有数の深山には似つかわしくない“人工物”が目の前に現れてくる。すなわち、水平歩道や高熱隧道の開通により完成した仙人谷ダム(黒部第三ダム)だ。ここから欅平に位置する黒部第三発電所へ導水し、完成当時には日本最高の最大出力8万㎾を記録した水力発電を実現している。

阿曽原温泉小屋と仙人谷ダムとの間の水平歩道。“水平”といえども、この区間は登り下りが多い
阿曽原温泉小屋と仙人谷ダムとの間の水平歩道。“水平”といえども、この区間は登り下りが多い

そんな仙人谷ダムは、1940年の竣工から86年が過ぎ、見かけはさすがに古びている。しかし、現在は歴史的建造物群として、経済産業省の“近代化産業遺産”に指定されている。その威厳はまだまだ衰えてはいない。

おもしろいのは、仙人谷ダム施設内の通路の一部は登山道として開放され、誰もが近代化産業遺産内を自由に通過できること。近現代の歴史や巨大建造物に興味がある方は、それだけでもたまらないはずだ。

トンネルを覆うフェンスにつけられたドア(右側)を開けて、内部へ。とくに許可を得る必要はない
トンネルを覆うフェンスにつけられたドア(右側)を開けて、内部へ。とくに許可を得る必要はない
登山道として通過できる仙人谷ダムの長いトンネル。この場所は高熱ではなく、むしろ肌寒い
登山道として通過できる仙人谷ダムの長いトンネル。この場所は高熱ではなく、むしろ肌寒い
登山者のための通路図。右下に書かれた“人見寮”は作業員が寝泊まりする宿舎のことで、現在は人見平宿舎として現代的なマンションのような建物がある
登山者のための通路図。右下に書かれた“人見寮”は作業員が寝泊まりする宿舎のことで、現在は人見平宿舎として現代的なマンションのような建物がある

さて、ここまで全長13kmの水平歩道は黒部川の左岸(上流から下流を見て左側)につけられてきたが、仙人谷ダムではその堰堤えんていの上を歩いて右岸にわたり、いったんそのまま右岸を進んでから、今度は長い吊り橋で再び左岸に戻る。そこからは名称が「旧日電歩道」と変わり、現在の黒部ダム中央部の平という場所まで全長16.6kmも続いている。黒部ダムまで途中に山小屋などはなく、いったん進み始めれば、あとは進むか戻るしかないのは水平歩道と同様だ。

なお、ここでは現地の看板でも使われている「旧日電歩道」と記載したが、最近は「日電歩道」という言い方が普通になりつつある。また、「日電」とは「日本電力」のことで、第二次世界大戦前の日本の主要電力会社。戦後に解体され、黒部川の水力発電所やダムは関西電力に引き継がれている。

仙人谷ダムの堰堤からは、黒部川を横断するトロッコ電車の橋が眺められる
仙人谷ダムの堰堤からは、黒部川を横断するトロッコ電車の橋が眺められる
青い水をたたえる仙人谷ダム。完成後からダム底への堆砂が進み、問題となっている
青い水をたたえる仙人谷ダム。完成後からダム底への堆砂が進み、問題となっている
仙人谷ダムの少し上流に位置する東谷吊橋。しっかりした造りだが、歩行中の揺れは抑えられず、なかなかスリリングだ
仙人谷ダムの少し上流に位置する東谷吊橋。しっかりした造りだが、歩行中の揺れは抑えられず、なかなかスリリングだ

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高橋庄太郎

たかはし・しょうたろう
山岳/アウトドアライター。1970年宮城県仙台市生まれ。高校の山岳部で山歩きを始め、出版社勤務後の2年間の無職時代には国内外のアウトドア旅へ。その後フリーランスのライターとなり、ウェブメディアや雑誌を中心に執筆活動を続けている。近年はイベントやテレビへの出演も多く、アウトドアギアのプロデュースも手掛けている。著書に『テント泊登山の基本テクニック』(山と渓谷社)、『トレッキング実践学』(ADDIX)、共著に『“無人地帯”の遊び方』(グラフィック社)など多数。

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