2023.12.7
ふたつの目を持つ人~是枝裕和監督も絶賛!村井理子さんの『実母と義母』
癌で亡くなった実母と、認知症が進行中の義母の「ふたりの母」に焦点を当てたエッセイは、「亡くなった母に会いたくなった」など、村井さんの好評既刊『兄の終い』『全員悪人』『家族』とともに、反響を呼びました。
家族をテーマにした映画を多く手掛けられ、村井さんの既刊も読まれているという、映画監督で脚本家の是枝裕和さんに書評をご執筆いただきました。発表する作品が常に世界から注目される映画監督の是枝さんは、村井さんの作品をどう読まれたのでしょうか。
『複眼』
優れた役者の中には、その役としての人物を演じながら、もうひとりの自分、つまり役者本人が空から俯瞰してその状況を見つめている人がいるらしい。
「あぁちょっとセリフのタイミングがずれたな。動き出しもちょっと遅れた。どこかで取り戻そう。あ、セリフがひとつ抜けたけど大丈夫か。これはもう一回だな」
などと演じ、時には涙を流したりしながら、同時に考えているのだという。
このようなふたつの目を持つ人は、どうやら、他者を演じる映画や演劇の場だけではなくスポーツとか将棋とかそれぞれの分野に存在しているようである。
村井理子さんの『実母と義母』を読みながら、僕が感じたのもまさにこの内と外から状況を捉え、描いていくふたつの目、複眼だった。
理子さん自らの人生に次々に起きる「不幸」をとてもドライに、時に笑いに変えながら客観視しているので、描かれる状況がどんなにシビアでも読んでいて辛くなることがない。どうしようもない兄が亡くなって残された遺品の中に、理子さんを描いた母の絵があるから送るねと兄の元妻から連絡があり、届いたのがルノワールの模写だったというエピソードには思わず笑ってしまった。常に辛辣に批評される兄ではあるものの、このエピソードひとつでどこか憎めない存在になってしまい、読みながら早くお兄さんが登場しないかと待っている自分がいることに気付き驚いた。僕はいつの間にかお兄さんのファンになっていたようだ。
義母の一人称で語られる『全員悪人』を例外として、『兄の終い』にも『家族』にもやはりこの複眼の存在は同様にあって、そのことが身内を描いているにもかかわらず対象と書き手の距離を節度のある状況に常に保っているように思う。
『実母と義母』で描かれる主人公、つまり理子さんの身に降りかかる「不幸」は、実母に続いて義母までが認知症になってしまったことである。
理子さんは否応なく義母の介護に巻き込まれることになるのであるが、読んでいくうちに、考えが変わった。これは「不幸」が二度起きたのではない。理子さんは母の介護から逃れ死から目をそむけた後悔を二度目の「不幸」と向き合うことでやり直しているのだ。つまり、この二度目の介護体験が同時に実母へのグリーフワークであることに気付いた時、彼女は、ライターとしての複眼と同時に、人生を見る目も二人分持ち合わせているのだと、確信した。
『実母と義母』好評発売中!
逃げたいときもあった。妻であることから、母であることから……。
夫を亡くしたあと、癌で逝った実母と、高齢の夫と暮らす認知症急速進行中の義母。
「ふたりの母」の生きざまを通してままならない家族関係を活写するエッセイ。
婚約者として挨拶した日に、義母から投げかけられた衝撃の言葉(「義母のことが怖かった」)、実母と対面したあとの義母の態度が一気に軟化した理由(「結婚式をめぐる嫁姑の一騎打ち」)、喫茶店を経営し働き通しだった実母の本音(「祖父の代から続くアルコールの歴史」)、出産時期と子どもの人数を義父母に問われ続ける戸惑い(「最大級のトラウマの出産と地獄の産後」)、義母の習い事教室の後継を強いられる苦痛(「兄の遺品は四十五年前に母が描いた油絵」)など全14章で構成。
村井理子さんの最新刊『実母と義母』は、Amazon他、全国書店でお求めいただけます!