よみタイ

名門中の名門、灘中学校の国語入試問題に採用! 村井理子さんのエッセイを試し読み

人気翻訳家でエッセイストの村井理子さんの著書『本を読んだら散歩に行こう』に収録されたエッセイが、私立灘中学校の令和5年度入試問題に採用されました。
『本を読んだら散歩に行こう』は、読書家としても知られる村井さんの読書案内を兼ねた濃厚エピソード満載のエッセイ集です。
本書より、入試に出題されたエッセイ「料理への重すぎる思いからの解脱」を一篇丸ごと特別公開。
この機会にぜひお楽しみください!

料理への重すぎる思いからの解脱

 主婦として家事を切り盛りして二十年以上経過するが、最近になってようやく気づいたことがある。なにを今更と思うのだが、私にとってはなかなかどうして大きな発見だった。私が最も得意としていたもの、ここ数年で完全に熱意を失い、気持ちが冷め切ってしまっていた家事、そう、料理についてである。
 なぜ料理がそこまでつらくなってしまったのか、自分なりにしっかりと考えてみた。まずは、自分の味に飽きたことがひとつ。そして、拒絶されることのがっかり感に、そろそろ疲れてきたのがもうひとつの理由だった(それはすでに前述した)。料理本とにらめっこして、どれだけ工夫を重ねても、新しいメニューに チャレンジすればするほど、「美味しい料理を作らなければ」という強い思い(そして重い)だけが空回りしたと気づく、あの瞬間である。
 さあどうぞ、食べてみて! と張り切って出したとき、例えば子どもが微妙な表情をしつつも、「美味しいよ。でもお腹がいっぱいなんだ」と、私に対する優しさを最大限に発 揮して言ったとする。そして実際に息子たちは、そう言う場合が多い。そこで私はがっかりするのだが、同時にとても気の毒になって、そのうえじわじわと腹が立つのである。この、がっかり・気の毒・腹が立つのコンボが、二十年ほどのときを経て私を打ちのめしたのだと気づいた。大げさだが。
 そしてなにより、「軽く腹が立つ自分」にも、軽く腹が立つ。なぜかというと、そこに「作ってやったのだから、喜んで食べるのは当然だ」みたいな、自分のエゴの存在をちらりと感じてしまうからだ。そして、その私の一方通行な気持ちを汲み取った子どもが、「美味しい」と言わねばならぬシチュエーションを作っている、そんな自分が嫌になる。
 それじゃあどうすればいいんだよ……私が子どもの立場だったら、一〇〇%そう言うだろう。私だったら、絶対に、はっきりと、辛辣に言う。母さんは考えすぎじゃないの? そんな一方的な思いを押しつけられても、こっちだって困る。っていうか、重すぎるよ、その気持ち。べつに、手の込んだものを作ってほしいなんて言ってないよね? 簡単なものでいいのに、勝手に焦ってるのはそっちじゃん……私だったらこのように、流れるように言いますね。というか、言ったことがあります、実の母に。
 自分の子ども時代を回想しつつ、熟考を重ねたとある日の夕方、私はとうとう最後の真実に辿りついた。私という人間は、料理だけに限らず、なにかと「考えすぎである」ということに。読者の皆さんはここで、「ようやく気づいてくれたか。長い道のりだったな」 と思われるだろう。とにかく私は、自分の気持ちが先行し、それが常に空回りするのだ。 特に、相手が自分の子どもだと、その傾向が顕著であると認めざるを得ない。だから私は自分自身に、肩の力を抜くこと、そしてなにより、「皿の上に自分の念まで盛り付けない」 という掟を定めた。二十年目にして解脱である。

イラスト/塩川いづみ
イラスト/塩川いづみ
1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント

新刊紹介

村井理子

1970年、静岡県生まれ。翻訳家、エッセイスト。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』『いらねえけどありがとう いつも何かに追われ、誰かのためにへとへとの私たちが救われる技術』『ハリー、大きな幸せ』『家族』『はやく一人になりたい!』『村井さんちの生活』 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』『ブッシュ妄言録』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『ふたご母戦記』『ある翻訳家の取り憑かれた日常』『義父母の介護』『エヴリシング・ワークス・アウト 訳して、書いて、楽しんで』など。主な訳書に『「ダメ女」たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『エデュケーション』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』『消えた冒険家』『射精責任』『PARIS The Memoir』『ハリウッドのプロデューサー、英国の城をセルフリノベする』など。

무라이 리코
1970년, 시즈오카현 출생. 번역가, 에세이스트. 주요 저서로 『오빠가 죽었다』 『낯선 여자가 매일 집에 온다』 『필요 없지만 고마워: 항상 무언가에 쫓기고, 누군가를 위해 지쳐있는 우리를 구원하는 기술』 『하리, 커다란 행복』 『가족』 『빨리 혼자가 되고 싶어!』 『무라이 씨 집의 생활』 『무라이 씨 집의 꽉꽉 채운 오븐구이』 『부시 망언록』 『갱년기 장애인 줄 알았는데 중병이었던 이야기』 『책 읽고 나서 산책 가자』 『쌍둥이 엄마 분투기』 『어느 번역가의 홀린 듯한 일상』 『시부모 간병』 등이 있다. 주요 번역서로 『요리가 자연스러워지는 쿠킹 클래스』, 『에듀케이션』, 『포식자 : 미국 전역을 충격에 빠뜨린 매복형 연쇄 살인마』,『사라진 모험가』, 『책임감 있게 사정하라』, 『PARIS The Memoir』, 『헐리웃 프로듀서, 영국의 성을 셀프 리노베이션하다』등.


X:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

週間ランキング 今読まれているホットな記事