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濱野ちひろ「一期一宴」

イスタンブールの大家族とチャイと「ちゃんかく」と。

「ちひろかい? 僕はケナンの兄弟のデニスだよ。よく来たね!」

 文字に起こすとスラスラ話しているように思えるが、そうではない。しかしデニスの英語が、たとえカタコトであっても、私には砂漠のオアシスのように思えた。嬉しいのと同時に、この状況についての質問が止まらない。なぜおばあちゃんは泣いているのか。なぜマンションの住人たちが集まってくるのか。私は質問するが、デニスがそれを理解するのには時間がかかったし、彼の回答を正しく把握するにも時間がかかった。

 デニスは質問の意味がわかると大笑いした。彼は私に説明するより前に、大きな声でリビングルームの人々になにかを伝えた。すると全員が笑い始めた。私だけ意味がわかっていない。デニスは「近所の人たちじゃなくて、ここにいるのはみんな家族だよ」。ケナンからも大きな家族だとは聞いていたが、想像した規模を超えていたので、まさかこの集団がひとまとまりの「家族」だとは私は思っていなかった。デニスに通訳をしてもらいながら、ひとりひとりの名前をメモ書きしつつ、全員と挨拶をした。このマンションには、おばあちゃん、その息子のデニスと、同じく彼女の息子で、車で空港まで来てくれたリファの、それぞれの家族が住んでいる。近所にはさらに、他のきょうだいの家族も住んでいて、彼らもリビングに出入りするため、特に今日はふだんよりさらに大所帯に見えたらしい。

 おばあちゃんが泣いているのは、遠い親戚の男性が入院したからとのことだった。私は単刀直入に、死んだのかと聞いた。デニスはまさかと首をふり、「ホスピタル」と繰り返した。詳細はわからなかったが、入院したのは若い人でもないらしかった。トルコの人々の情の濃さや、感情をあえて露わにする風儀を、私はイスタンブール初日にして目撃したのだと思う。この後、私は数年かけて何度もトルコを訪ねることになり、さまざまな友達を得ていくのだが、いま振り返ってわかることは、イスタンブールにおけるトラディショナルな親族という集団のありかた、トルコ人らしい感情の発露とその共有などを私に見せてくれたのは、この大家族なのだった。

デニスとリファは服飾の会社を経営している。見学に連れて行ってもらった。
デニスとリファは服飾の会社を経営している。見学に連れて行ってもらった。
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濱野ちひろ

1977年、広島県生まれ。
2000年、早稲田大学第一文学部卒業後、雑誌などに寄稿を始める。インタビュー記事やエッセイ、映画評、旅行、アートなどに関する記事を執筆。
2018年、京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了。現在、同研究科博士課程に在籍し、文化人類学におけるセクシュアリティ研究に取り組む。
2019年、『聖なるズー』で第17回開高健ノンフィクション賞を受賞。
その他最新情報は公式HP

写真:小田駿一

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