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濱野ちひろ「一期一宴」

出汁の香りと白菜の煮物がむっつりイギリス女性を笑顔に変える

話題作『聖なるズー』で第17回開高健ノンフィクション賞を受賞した作家・濱野ちひろさん。
プライベートや取材で、さまざまな場所を訪れ、人々と食卓を囲み語る。
日常や旅先で見つけた、人生の記憶に残る言葉やエピソードの数々。
人との出会いは一期一会。だけど宴は縁をつなぐ――そんな食と人生にまつわるエッセイです。

前回は不思議な夢をきっかけに旅することになったアフリカのボツワナ、中央カラハリ動物保護区でのストーリーでした。

今回は、2015年1月にホームステイしたロンドン郊外のチンフォードに住む家族とのお話。イギリス人とトルコ人夫婦との距離を変えた料理とは? 
ホームステイ先の近所の風景。静かな住宅街で、商店やレストランも少なめ。散歩するのが気持ち良かった。
ホームステイ先の近所の風景。静かな住宅街で、商店やレストランも少なめ。散歩するのが気持ち良かった。

 一人旅をしていていちばん楽しいのは、それまで縁もゆかりもなかった人と知り合うことだ。だがロンドンは都会すぎて、ただ観光して過ごしているだけでは出会いはほとんどない。他人に興味がないか、ないふりを徹底するのが都会の人々のいいところでもあるが、旅として訪れる場合、あの澄ました感じは寂しいものだ。

 都会で友達を作るコツは、ホテルを避けて、人の家に泊まらせてもらうことだ。節約にもなる。このときは一般家庭に2週間、ホームステイをさせてもらった。出国前にホームステイのマッチングをするサイトで何人かのホストと連絡を取り、決めたのがその家庭だった。ロンドンの中心部から遠すぎないところに家があるのも良かったし、それに、家族構成にも興味が沸いた。サリーというイギリス人の妻と、トルコ人の夫のケナンと、息子さん。ロンドン滞在に続いてイスタンブールに行くことも決めていたから、なんとなく、トルコ人の知り合いができるのもいいな、と思ったのだった。

 空港に着くとサリーが迎えに来てくれていた。ぜんぜんニコニコしていなかった。私は怯むような気持ちになった。むっつり対応されるので、私からも笑顔が消えていく。メッセージのやりとりでは歓迎されている様子だったのに、いったいどういうことだろう。荷物をトランクに入れるときも、その重さに彼女が一層不機嫌になるのではと不安になった。幸い、私のスーツケースはサリーを不愉快にさせるほどには重くはなかったようだったが。

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濱野ちひろ

1977年、広島県生まれ。
2000年、早稲田大学第一文学部卒業後、雑誌などに寄稿を始める。インタビュー記事やエッセイ、映画評、旅行、アートなどに関する記事を執筆。
2018年、京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了。現在、同研究科博士課程に在籍し、文化人類学におけるセクシュアリティ研究に取り組む。
2019年、『聖なるズー』で第17回開高健ノンフィクション賞を受賞。
その他最新情報は公式HP

写真:小田駿一

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