2026.9.29
日本から故郷・イランに戻ったレザーが、いまフィンランドで思うこと(第9回 後編)
ある日、家の近所の美容室に「美容師の見習いは必要ないですか?」と聞いてみたところ、フィンランド人の年配の女性店主がいて、「いいわね、ぜひお願い」と言ってくれた(フィンランドでは日本と異なり、美容師免許を持っていなくても美容師をすることができる)。
レザーはそれまで、いろいろな仕事をしてきてはいたものの、仕事で髪を切ったことはなかった。
「家で、自分の子どもたちの髪を切っていたぐらいしか知らなかった。でも、そのうちすぐにお客さんの髪を切ってみるように言われて。バリカンを持つのも初めてだし、緊張したし、正直に言えばあまりうまく切れなかった。でも、『あら上手ね』って言ってくれて。『大丈夫、だんだんうまくなるから。これから男の人の髪の毛はあなたが切ってちょうだい』って」
日本でも勤勉さを発揮したレザーは、ここでも本当に2か月でうまくなってしまって、指名が途切れないようになった。そこで5年働いて、7年前に自分の店を持ったという。
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今のレザーの店は、賃料が高い駅前などを避け、静かな住宅街に隣接している。店の前は活気のある通りで、駐車スペースもある。
大柄なレザーの手さばきは繊細で、素早い。お客さんたちと会話をしながら、10分ほど手を動かしたかと思うと、もう均整の取れた、美しい仕上がりになっていく。お客さんは笑顔で「ありがとう、いい午後を!」と言いながら店を出て行った。
「ヘルシンキは8月に学校の新年度が始まったし、バカンス帰りの大人もいたし、お客さんは多かったんだよ」と言いながら、レザーは手早く床をきれいにした。
「どうしてあなたの店は人気があると思う?」と尋ねると、レザーは謙遜しながら答えた。
「なんでだろうね……僕はイージーな人間だからかな。誰とでも気持ちよく話せるっていうのはあるね。お金持ちが来ても、貧乏な人が来ても、同じように接するし。お客さんたちは自分の人生についてたくさん話してくれるね」
「自分はいま、仕事をしてるっていう感じがしないんだ。なんかここも、自分の家の一部のようだ。お客さんがここに訪ねてきたら迎えて、楽しく話しながら切ってるだけ。でもいろんな仕事をしてきたけれど、自分の職業はこれだって、言えるものができてよかったなと思ってる」
そこまで聞いて、私はあることを思い出した。
レザーが初めて日本に来て、最初の夜に上野公園の不忍池のベンチで夜を明かしたのは、1990年の夏。それから1か月ほど遅れて、名古屋の高校生だった私も、用事で仙台に行く途中、初めて上野に立ち寄り、同じ不忍池を歩いていたのだ。ハスの緑と人の多さに驚きながら。
もちろん、そのときはお互いの存在を知らない。
また次のお客さんが入ってきて、私はレザーにあいさつをして店を出た。8月の爽やかな青空がまぶしかった。
日本で大学生だった私にとって「上野公園に集まっているイラン人グループ」というイメージでしかなかったうちの一人と、35年後に、子どもの親友の親同士として、ヘルシンキで出会うことになるとは思っていなかった。そしてここでは、レザーはフィンランド語やフィンランド生活の先輩でもある。
当時の日本ではきっと、イラン人への差別も偏見もあったことだろう。けれども、少なくともレザーは青春時代を過ごした日本のことを、ボスや同僚とのかかわりを通して、よい思い出として記憶してくれていることがうれしかった。
今も、日本で社会を支える一員として働いたり、生活をしている外国人の隣に、親切な同僚や町の人がいて、ささやかでも、あのときのレザーのように人間同士の温かい交流があるようにと祈らずにはいられない。そして、フィンランドでもたまに出会うワーキングホリデーの若者たちのように、いろいろな国で新しい経験をしたり、働いている日本の若者たちも、賃金の未払いや長時間労働やケガがなく、誠実な雇用主のもとで、温かく迎えられていてほしい。
(連載の文中の肩書や組織、値段や為替レートなどはそれぞれ2026年時点のものです)

第10回前編は2026年10/13(火)公開予定です。
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