2026.5.26
「本当のことを話さなくてもいい」とフィンランド語クラスで先生が言った理由(第7回 前編)
話を聞いたあとでは、教室が違って見えてしまった。ニコライにちょっとチェチェンのことを聞いてみると、興味なさそうな顔をした。でも、ウマルがあれだけ心の中に憎しみを持っていると知ったら、2人がペアにならない方がいいと心配した。けれども、その必要はなかった。私が食堂で話を聞いた日を最後に、ウマルはクラスに現れなかった。何日かして、フルタイムの仕事が見つかったので授業にはもう来ないと聞いて、私はどこかほっとした。
それからも、私はときどき彼に連絡した。ロシアのニュースを見ると、もしかしてロシアに戻っていないかと想像したり、「まだフィンランドにいる?」とWhatsAppで聞いた。しばらくして返事が来ることもあった。
1年後、図書館で約束して会った。もともとはレンガ職人だったという彼は、建築の会社で働いていると言った。ウマルは、生活と仕事の疲れからか、故郷への思いが強くなっているようだった。
「自分たちの言葉、食事、懐かしい風景、村の誰が誰なのかを、みんなが知っているあの感じ。すべてが恋しい。家に帰りたい。いつの日か、チェチェンのパスポートを持って家に帰りたい」
それでも、
「いま、幸せですか?」と聞くと、ウマルはためらいなく答えた。
「もちろん。家族が幸せだから。自分にとって一番大事なことは、妻や子どもたちに食べ物があって、戦争がなくて、彼らが自由であること。自分の時間も、お金も、すべて家族に捧げてきた。たとえどんなストレスがあっても、彼らが安全に暮らしていると思える今は、幸せだよ。自分の人生はずっと戦争だったから」
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図書館で最後に会ってから半年ほど経ったころ、私はウマルと連絡がつかなくなっていることに気づいた。何度か送ったWhatsAppのメッセージは既読にならないままだった。それまでも、しばらく連絡が途絶えることはあった。けれど今回は、しばらくしてアカウントごと消えてしまった。ヘルシンキの隣町に住んでいると言っていたが、住所はわからない。
インタビューで仮名にするかどうかを聞いたとき「名誉のために本名で書いて」と彼は言っていたが、いつかチェチェンに戻りたいと言っていたので、何をきっかけに捕まえられるかわからないという状況では、本名は避けたかった。それに、今回の連載は掲載する前に原稿を本人に見せて、おかしいところがないか確認してもらっている。
一つだけ、心当たりがあった。「ヘルシンキ市の東部のKという地域にチェチェン人のグループがあって、困ったときにはいつもそこに行く」と話していたのだ。Kはヘルシンキの中でも移民が多く住んでいる地域の一つだ。私は、ウマルにつながる手がかりを探しに、その町に出かけた。
(連載の文中の肩書や組織、値段や為替レートなどはそれぞれ2026年時点のものです)
第7回後編は2026年6/9(火)公開予定です。
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