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笑うことにも、おいしいものを食べることにも胸が痛んだ……罪悪感を抱えながらフィンランドで生きるウクライナ人の母

 ウクライナ人のイリナとは、小学生と10代男子という似たような年齢構成の子ども2人を育てるシングルマザーだとわかって、親しく話すようになった。それでも、「週末は何をしてた?」「今日はこれから何をするの?」と聞かれてしゃべっていると、どうも暮らし方は違うことに気がついた。
 私は夜は必ず家にいるし、週末も子どもたち中心に予定を考え、どこかに連れていくか家で留守番をするかだった。イリナの方は人と会う予定が多かった。フィンランドに来て恋人もできて、いつも元気で社交的に見えた。
 私は日本で「この状況は自分のせいだから仕方がない」「自分ががんばるしかない」と思うことに慣れてきた。そして私の周りのシングル親やワンオペの母親たちは、だいたい似たようなものだった。仕事と家のこと以外で、特にフィンランドに来てからは、自分の余暇や趣味の予定を入れることを考えたことがなかった。

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「それならキョウコ、あなたの人生はどこにあるの?」
 1年ぶりに会った彼女は、前と同じようにエネルギッシュだった。クラスの打ち上げでイリナが企画したバーベキューに私が参加できなかったことを謝って、自分の用事で出かけるのが難しいから、と言い訳したらそう言った。日本を出てみたからといって、自動的にこれまでと違う生き方ができるわけではないようだ。単身ではなく家族と一緒だからなおさら、日本での暮らしや役割を続けていたのかもしれない。もし変わりたいのなら日本で生きているのと同じように、いいなと思った誰かの真似をして、自分もそう動けるように意識的に練習しないといけないなと考えるようになっていた。そこで、私たちは彼女の提案で、仕事終わりの日課のウオーキングを一緒にしていた。海のそばの街から森の中を歩く気持ちのいいコースだ。彼女は、あのころ話していた、フィンランドで出会った恋人と再婚したのだという。

「私は朝から家のことをやって仕事もして、子どもたちを世話もする。それでも2時間でも空いたら、私は外に出て人に会う。子どもたちは自立していくし、頭の中を戦争のことでいっぱいにしたくないから。昨日の夜も、私はウクライナから避難してきた女友だちと集まってしゃべっていた。私たちの人生は戦争の前と後で、全然違ってしまったから。おしゃべりしたり、自分たちで作った美味しい料理を食べたり、ボードゲームをしたりしたの」
 私は、イリナはそうやって自分を奮い立たせていたのかもしれないと思った。
「ウクライナの人たちは自由で、誰にも従わず、自分の人生は自分で動かしたいと考えている人が多いと思う。それもこの戦争が続いている理由の一つかもしれない。家族を失った人は、ロシアに対して強い憎しみや怒りを感じているし。私の母もロシア人だけれど、今のロシアを憎んでいる」
「ウクライナから避難してきた若者もいるでしょう。あなたにどう見えているのか聞いてもいい?」
 私が尋ねると、イリナが真剣な顔になって言った。
「ブチャ、という町のことを知っている? あそこで、多くの人たちが殺されたり、ひどいことが起きたのを見て、私は子どもたちを連れてウクライナを出ようと決心したの。子どもたちを守るのは私しかいなかったから」
「フィンランドには、戦争の前から、ウクライナからいろいろな経緯で出てきた人たちが住んでいるのは知っているよ。例えば夫がフィンランドで働いていて、そこに合流したという家族もいるし、徴兵から逃れていろいろな方法で出てきた若者たちもいる。だけど私は、できるだけ他の人のことは見ないようにしてる。どう思うかって言われても……『人を裁くな』という考え方を守っているのかも。戦いに行った人、ウクライナに残った人も、国を出た人も、それぞれがよく考えて、決断した結果だと思っている。それを尊重しているの」
 私はロシア人のターニャが同じことを言っていたのを思い出した。
 彼女は、ロシアを出た人もいるし、出られなかった人、残ると決めた人もいる。それぞれの決断を尊重している、と言っていた。

待ち合わせや、話を聞く場所に「図書館」を指定されることが多いが、気候がよくなってくると「歩きながら話そう」と言われることも珍しくない。 撮影:堀内京子
待ち合わせや、話を聞く場所に「図書館」を指定されることが多いが、気候がよくなってくると「歩きながら話そう」と言われることも珍しくない。 撮影:堀内京子

「戦争が始まったとき、ウクライナで恋人がいたの。彼も『こうして、黙って見ているわけにはいかない。自分も戦う』と言った。それは彼の決断だから、止めることはできなかった。彼は戦いにいって、亡くなった」
「今は男性だけではなく、女性も含めて全ての人にその決断が迫られる。知ってる? 私のまわりのFacebookグループでも、書き込まれるのは『24歳の娘が兵士として死にました』とか、『30歳の息子が死にました』『26歳と28歳の息子が2人とも戦死しました、もう誰も残っていない』という話ばかり」と、イリナはぶつけるように言った。
「戦争が終わってほしい。でもウクライナの勝利で」
「ウクライナを離れてフィンランドに来たとき、私たち家族を助けたい、ウクライナの力になりたいと思ってくれるたくさんの親切なフィンランドの人々に会ったの。でも私はいつも、自分にはそんな支援を受けることも、戦争のない普通の生活を送る資格もない、という感覚に悩み続けた。毎日ニュースを読んだり、聞いたりしながら、ウクライナでたくさんの人たちが戦場に赴いてどれほど多くの人が亡くなったのか、そしてまだ今も亡くなり続けているのかを知るたびに、『自分は臆病者だ』と感じていた。私は女性だけれど、もちろん志願して戦っている女性もいるし、希望すれば戦うことができたんだから」
「避難してきて最初のころは、私は笑うことにも、おいしいものを食べることにも胸が痛んだ。なぜフィンランドには普通の暮らしがあるのだろうと思ったし、なぜ自分はここにいるのかという罪悪感がいつも頭から離れなかった。でも、受け入れてくれたフィンランドの人々の優しさが、私の心の深いところまで強く響いた。『大丈夫、静かに暮らしていていいんだから』と。私はただ、毎日を生きることに集中してきたの」

 戦争が起き、今も続いている国から来たイリナから私が学んだのは、自分の決断、自分の選択とその結果を、自分自身が引き受けること。
(たとえ家族でも)自分ではない人の決断や選択を、尊重すること。
 そのためにも、自分がやりたいことは自分で決めると強く思い、「本当はしたくないけれど、誰かに何か言われないように合わせてする」のは減らすように心がけること。
 アンドレイたちの話を聞いていると、戦争が始まってしまってからそれを習得しようとするのはもっと難しい難しくなるので、今からやっていきたい。
 いま、日本のニュース記事やSNSで、ひとりで行動して、のぼりやチラシやいろいろなやり方で「戦争反対」のメッセージを発信する人たちの姿を目にして励まされている。私も、自分用のペンライトを注文した。

(連載の文中の肩書や組織、値段や為替レートなどはそれぞれ2026年時点のものです)

第7回前編は2026年5/26(火)公開予定です。

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堀内京子

ほりうち・きょうこ
ライター。1997年から2023年まで新聞記者。退職し、現在は二人の子どもとヘルシンキに滞在。著書『PTAモヤモヤの正体』(筑摩選書)、共著に『徹底検証 日本の右傾化』(筑摩選書)『まぼろしの「日本的家族」』(青弓社) 『ルポ税金地獄』(文春新書)、朝日新聞「わたしが日本を出た理由」取材班として『ルポ若者流出』(朝日新聞出版)がある。

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