よみタイ

「僕は絶対に戦争に行きたくなかった」徴兵を逃れてウクライナを出たアンドレイ

 その夏の終わり、私はフィンランドのお隣の国、エストニアを訪れた。小さなワゴンで販売していたお土産屋さんで、ブドウの葉の模様の木彫りの皿が目に留まった。
「これは何の木でできているんですか。エストニアのデザインは素敵ですね」と、店の若者に英語で話しかけた。すると、
「あの……、これはエストニア製ではありません」と、若者は申し訳なさそうに言った。「これはウクライナ製です」
「え、ウクライナのものだったんですね」
「はい、私もウクライナ人です。少し前にエストニアに来ました」
 その瞬間、私はアンドレイのことを思い出し、どのようなルートを辿ったのか知らないが、有形無形の代償を払って国を出たのだろう目の前の若者の境遇に単純に同情した。
「ああ、そうだったんですか。それは大変だったですね」
 ところが若者は、私がそう言うとますます身を小さくして、携帯の翻訳を使って英語の画面を出してきた。
「I couldn’t become a samurai.(私はサムライになれませんでした)」
「サムライって……。どうして私が日本人だとわかったんですか」と私が聞き返すと、彼は「あなたが日本人だとは知りませんでした。サムライは勇敢で名誉ある行動をするものだと聞いていたので、そのつもりで使いました。私は卑怯者です」と、今度は日本語に翻訳した携帯の画面を差し出した。
「ウクライナでは多くの人が辛い経験をしているのに、私だけ母国を出てきてしまいました」
 私は胸を突かれた。
 こんなに若くて瑞々しい青年が、徴兵から逃れて働きながら、自分を責めてうなだれていることに。私はどう言えばいいかわからなかった。それで、「私は、あなたが今、ここで生きていてくれて嬉しい。あなたを卑怯者だとは思わない。どうか元気に生きていってほしい。早く平和になりますように」とスマホに打って見せた。
 

記事が続きます

 それから約1年後の2025年8月末、ウクライナの法改正により18歳から22歳の若者は出国できるようになった。数か月で10万人規模の若い男性が国外へ出たと報じられている。あの土産物店で話した若者は、今ごろどうしているだろうか。
 このことについて、AFP通信は昨年11月、ウクライナからの避難民を約100万人受け入れてきたドイツのフリードリヒ・メルツ首相が「ウクライナの(ゼレンスキー)大統領に対し、特に同国の若い男性について、ドイツに来させず、母国で役目を果たさせるよう要請した」「彼らはそこで必要とされている」と述べたと報じた。法改正以降、ドイツに流入する若いウクライナ人男性の数が増加しているという。
 それに続きフィンランドのヘルシンギン・サノマットも、この発言と、その背景にはドイツが徴兵制を復活させようとしていること、ウクライナからの避難民に対して失業給付金などの形で支援してきたことなどを記事にした。その中で、ウクライナからクリスマスでやってくる20歳の息子をドイツで待っているウクライナ人女性を紹介。息子はウクライナに戻って軍隊に入ろうと考えているが、女性はその決断を受け入れるのは難しいという。けれども彼女も言うのだった。「もし皆が国を離れたら、誰が国を守るのか。これは重い問いで、正解も不正解もない。それぞれの決断なんです」
 祖国を守りたい気持ちと、息子を安全な場所に置いておきたい気持ちのどちらも本当だ、と。
 この記事につけられたコメントには目をひかれた。
「ウクライナ自身が自分たちを守らないのなら、我々がなんでも支援すると期待しない方がよい」というものから、「ルーマニアをバックパック旅行中、ホステルで兵役逃れのウクライナ人たちと出会い、自分がフィンランド人だと知ると心情を打ち明けてくれた。別の場所ではEUの若者が『今の自分の国のために命がけで守る気になれない』と話した。「仲間が死んでも状況が何も変わらないように感じて、戦う気がなくなる人を非難できない」というものもあった。
 フィンランドには徴兵制があり、一般的に国防意識が高いことで知られる。16歳の中学生の周りでも、軍隊についての話題が出るそうだ。
 それでも実名で「子孫がいたとしたら戦地に送れない」「人に徴兵を強制することはできない」などのコメントがあることが新鮮だ。
 日本だったら「徴兵制があっても、戦地に行くかどうかはそれぞれの決断だ」という考えが、広く受け入れられるだろうかと考えた。

 ウクライナ侵攻以降、報道によればフィンランドには累計で約9万人が避難してきて、現在も約5万人が住んでいるという。徴兵から逃れてきた若者もいれば、戦争で夫を亡くした人、子供を連れて避難してきたシングルマザーもいる。戦争の影響だろうか、私がフィンランド語クラスで一番多く出会ったのはウクライナの女性だった。次は彼女たちの話を。
 
(連載の文中の肩書や組織、値段や為替レートなどはそれぞれ2026年時点のものです)

ウクライナへの連帯を示して、ヘルシンキ中央駅の駅舎にはウクライナ国旗が掲げられていた。(2024年4月 撮影:堀内京子)
ウクライナへの連帯を示して、ヘルシンキ中央駅の駅舎にはウクライナ国旗が掲げられていた。(2024年4月 撮影:堀内京子)

第6回後編は2026年5/12(火)公開予定です。

記事が続きます

1 2

[1日5分で、明日は変わる]よみタイ公式アカウント

  • よみタイ公式Facebookアカウント
  • よみタイX公式アカウント

関連記事

新刊紹介

堀内京子

ほりうち・きょうこ
ライター。1997年から2023年まで新聞記者。退職し、現在は二人の子どもとヘルシンキに滞在。著書『PTAモヤモヤの正体』(筑摩選書)、共著に『徹底検証 日本の右傾化』(筑摩選書)『まぼろしの「日本的家族」』(青弓社) 『ルポ税金地獄』(文春新書)、朝日新聞「わたしが日本を出た理由」取材班として『ルポ若者流出』(朝日新聞出版)がある。

週間ランキング 今読まれているホットな記事