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学歴の魔法は入社まで? インキャ京大生が就活から学んだこと【学歴狂の詩 第8回】

MARCH関関同立との違い

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 逆に言えば、関関同立やMARCHあたりの大学から業界トップ企業に総合職的な立場で入ることはめちゃくちゃに難しく、MARCH関関同立に入ってしまった時点で相当厳しい戦いを強いられることを覚悟しなければならない、ということだ。私が最初に入った会社は、総合職が234名、うち女性は5名というヤバさで、東大30名、京大15名、早慶合わせて大体100名、後はよくわからない感じだったが、とにかく最低ラインがMARCH関関同立だった。同志社は4名いたが立命は1名しかいなかった。関学は複数名いたが、関大は1名だったような気がする。とにかく、関関同立からその会社に入るには「コイツは他の奴と明らかに違う」と思ってもらえるような、強烈な輝きを見せなければならなかったに違いないのである。

 一方、私はほとんど大したことは話せなかったと思う。最近では「好きな本」を聞いてはならない、というのが面接の常識になっているようだが、当時その会社の面接では普通に聞かれたので、三島由紀夫の『金閣寺』の話をしたことだけは覚えている。その時なぜか三島の話はウケが良く、面接官は読んでいないようだったが場は盛り上がった。そしてそのままトントン拍子に最終面接まで行き、そこでは志望動機や自己PRを離れて自分の生い立ちなど、幼少期からの人生を振り返るという若干怪しい話をさせられた気がするが、終始なごやかなムードだった。無事その第一志望の会社に内定した私は、しばらくの間気分よく過ごした。もうここにしがみついていくぞ、仕事ができなくても、学歴と実力のギャップでボコボコにされても、俺は与えられたデスクから離れねえぞ……!

 私は仕事ができるようになろうという思考にはまったくならず、できないまま耐える方法ばかりを考えていた。私がその参考として読んだ本はメルヴィルの『バートルビー』だった。バートルビーは就職先で最初こそまともに働いていたが、だんだん仕事を拒むようになり、そのうちにまったく何もしなくなり、解雇されても仕事場を出ようとせず、しまいにはなんと仕事場の方が場所を変えてしまうという、いわば窓際界のスーパースターである。もし精神的に潰れそうになったら、この『バートルビー』を読み、『バートルビー』を何度も己の中にインストールし直すのだ……

 そう考えていた私がたった一年で会社をやめることになったのには色々と理由があるのだが、やはり会社という組織のことを何もわかっていなかったというのが大きい。退職を決めた時にはバートルビーのことなんてすっかり忘れていて、もう俺は小説を書きながらバイトでやっていくぞ、デビューできなくて一生フリーターの人生でもかまわねー!と本気で思っていたのである。

 さて、就活に話を戻そう。同志社の永森は業界トップ層の会社相手に敗戦を重ねていたが、最終的にはそこそこの大手金融の内定を勝ち取った。内定者の集まりなどにも積極的に参加してムードメーカー的な役割も果たしている様子で、私は結局、永森の方が社会人として成功するだろうと感じていた。やはりプライドの高いトップの一流企業は、学歴に固執するあまり優秀な人材を取り逃している。永森はアホかもしれないが、話はうまいし社交もうまいし肝も据わっている。仕事に関してなら絶対にそのへんのインキャ京大生よりも上に行く。会社ってやつは何もわかっていないのだ……私はそう思った。

 しかし、恐るべき事態が永森を襲った。なんと、永森は大学で全般的にアホみたいな成績を取り、四回生の前期終了時点でぎりぎり留年が決定してしまったのだ。永森は震えながら、一発逆転を目指して四十点だった試験の採点に対し抗議文を書いて教務に提出していた。どうやらそれがひっくり返れば留年せずに済むかもしれない、というような状況だったらしい。その抗議文はかなり長く、どこの採点がどうおかしいかという点を、微に入り細を穿って指摘していた。私はそれを読ませてもらったが、記憶はおぼろげながらかなりの名文だった。当時mixi日記などでも相当な文才を発揮していたから、本人がその気になれば大きな文学賞の予選通過ぐらいは確実だっただろう。

 永森は「人生の道は自分で切り拓くしかないんや」と闘志をみなぎらせた目で言った。落とした単位を何としても取り返し、留年を卒業へと逆転させるつもりだったのだ。私は最初からちゃんと勉強せえよと思ったが、そういうことができる男でないこともわかっていた。そのまましばらくがたち、大学からは素っ気ない却下の通知が届き、永森はあっけなく留年した。内定先からはめちゃめちゃ怒られたようだった。

 しかしその翌年、永森は留年の理由として完璧な大嘘を考え出し、業界トップではないが前年の内定先に引けを取らない某大手企業に内定を決めた。そして今もそこで楽しそうに働き続けている。現状、社会人としては私よりもよほど成功しているといってもいいだろう。

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佐川恭一

さがわ・きょういち
滋賀県出身、京都大学文学部卒業。2012年『終わりなき不在』でデビュー。2019年『踊る阿呆』で第2回阿波しらさぎ文学賞受賞。著書に『無能男』『ダムヤーク』『舞踏会』『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』など。
X(旧Twitter) @kyoichi_sagawa

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