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京大生のヌルすぎる就職活動。一方、同志社大学の友人は……【学歴狂の詩 第7回】

稀代のカルト作家として人気を集める佐川恭一さんによる、初のノンフィクション連載。
人はなぜ学歴に狂うのか──受験の深淵を覗き込む衝撃の実話です。

前回は、大物受験生・永森を紹介しました。
今回は番外編として、佐川さんの京都大学時代の就職活動について綴ります。
学歴と就活にはどのような関係があったのでしょうか?

また、各話のイラストは、「別冊マーガレット」で男子校コメディ『かしこい男は恋しかしない』連載中の凹沢みなみ先生によるものです!
お二人のコラボレーションもお楽しみください。
イラスト/凹沢みなみ
イラスト/凹沢みなみ

「就職したくない」という圧倒的な衝動

 今回は前回に予告していた通り、学歴というものが就職活動においてどのような効果を持つのか、私自身の体験をもとに詳しく話してみたい。もちろん十五年ほど前の話なので今の就活とはリンクしない面もあるだろうし、リーマンショック直前に就活をしたので、正直なところかなりの売り手市場でもあった。氷河期世代の方々からすれば「ナメとんのか」と言われても仕方ないほど恵まれた状況だったことは間違いない。だが、それでも将来に不安を抱える学生のみなさん、現代の就活の全貌を把握していない親世代のみなさんの参考になるような話が多少はできるだろうと思っている。

 さて、そういうわけでちょうど非常に恵まれた時代に就活に取り組んだ私だが、そんな売り手市場であっても、学歴の威光がなければ私の活動は確実に失敗していただろう。私が就活を意識し始めたのは当時としては非常に遅く、三回生の十月頃、周りが動き始めたのを見て仕方なくという感じだった。当時の私は自分が社会に出てうまくやっていくイメージを抱くことが全くできず、一回生の途中からひたすら小説を読みまくっており、脳みその使える部分はほぼほぼ――大学の学問でも就活でもなく――小説で占められていた。とにかくあの頃、私は病的なまでに小説を読むことにとらわれており、大学を出て以降、あれほどのハイペースで本を読んだことは一度もない。そうして読みに読んでいると、「自分も書ける」という感覚が芽生えてきた……というと綺麗に聞こえるかもしれないが、私をはっきり突き動かしたのは、「就職したくない」という圧倒的な衝動だった。人間の行動理由には積極的なものも消極的なものもあるが、必ずしも後者が前者より弱いというわけではない。「絶対に就職したくないでござる」という思いは私をパソコンの前に昼夜問わず向かわせ、普段のレポートではありえないスピードでキーボードを叩かせ続けた。

 そうしてできあがった人生初の小説が、現在「南の風社」という高知県の出版社から出ている『無能男』という小説の原型なのだが、私はそれを今はなき自費出版系の会社の文学賞に送った。ちょうど締め切りに間に合いそうだったという以上に、結果が出るのが早そうだったことと、メジャー文学賞に比べれば過去の応募総数が少なかったことが理由だった。私は就活に一応は参加しながらも、その作品で華々しく作家デビューして、社会進出を回避しようと思っていたのである。その結果、一次、二次と通過の通知が来て、四次通過のところまでで連絡が途切れた。あの時もし受賞していたら、私は確実にどこにも就職していなかっただろう。

 この時、私の就活のバディ的存在となってくれたのが、前回紹介した(元)大物受験生・永森だった。永森ももともと大して就活をやる気はなかったようで、お互いの熱量がちょうど合ったのもよかった。私たちは京都駅前のベローチェというカフェで共に業界研究にだらだらと励んだ。その時参考にしていたのは、各業界を少しずつ紹介している本と、2ちゃんねるの就活板だった。私たちは仕事をやる気がなかったので、仕事をやる気がある奴が行きそうな業界を丁寧に排除していった。マスコミや商社や出版は論外である。だが、金は欲しかった。

 私は当時、自分の人間としてのあまりのつまらなさや無能ぶりに絶望し、もはや結婚をはじめとするあらゆるライフイベントを視野に入れていなかった。したがって、転勤も異常残業もどんと来いだった。ただし、自分が仕事で通用しないこと、そして通用しない自分を受け入れ、それなりの労働力としてひっそり、細々とやっていくことを前提とした上で、である。そして休みの日には読書をしたり小説を書いたり、貯めた金で派手にギャンブルをしたり、時折温泉巡りでもできればそれでいい、と思っていた(その点、永森は就活や仕事のやる気はあまりなかったが、自分が社会に通用しないとは一切思っていなさそうだったので、多少思想のズレはあった)。

 そうして私と永森が導き出した答えは「生損保」という業界だった。特に私たちが参照した就活本では、損保がヌルいと書かれていたのだ。今も覚えているのだが、温泉のようなところに弛緩した表情の男が浸かり、「ンー、ちょっと熱くなってきたかな?」と言っている挿絵があり、その挿絵は私たちを魅了した。結果的に、永森はとにかく生損保を第一志望にして金融業界を回ることとなり、私もまた生損保を第一志望にしつつ、金融業界とインフラ業界を回るということになった。

 今は知らないが、当時の生保業界はリクルーター制度を採っていて、本選考前にリクルーターと呼ばれる先輩社員に会い、「ざっくばらん」に話をするという方法でひっそり学生を選考していた。もちろんそれが選考であることぐらいは、どれほど鈍い学生にもわかる。そしてある時、某生保のリクルーター面談に私と永森が同時に呼ばれたことがあった。私の方は本当に雑談のような雰囲気で優しく仕事内容を教えてもらうだけで終わったのだが、永森の方はフルボッコにされたらしかった。リクルーター面談というのはその階段を順調に上っていくとそのまま(ほぼ)内定できる仕組みになっているのだが、そこで同志社の永森と京大の私では、面談回数が全然違った。私が三回で終わるところを、永森は五、六回受けさせられ、しかも最終にたどり着く前に落ちていたのだ。

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新刊紹介

佐川恭一

さがわ・きょういち
滋賀県出身、京都大学文学部卒業。2012年『終わりなき不在』でデビュー。2019年『踊る阿呆』で第2回阿波しらさぎ文学賞受賞。著書に『無能男』『ダムヤーク』『舞踏会』『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』など。
X(旧Twitter) @kyoichi_sagawa

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