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京大生のヌルすぎる就職活動。一方、同志社大学の友人は……【学歴狂の詩 第7回】

とにかく東大生や京大生を確保したいという学歴主義が強い

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 ちなみに面接は明らかに永森の方がうまかった。社交的で自信ありげで、ボクシング部という体育会系の部活もやっており、飲食バイトにも店長の右腕になるほど精を出していたので、面接に使えるネタも豊富だった(ちなみに永森が店長の右腕だったからか、永森とその店に行くと私も割引してもらえた)。対する私はサークルにも入らず本ばかり読んで無気力に過ごしていたので、塾講バイト経験のみに頼った自己PRを、「るろうに剣心」の斉藤一の牙突よろしく唯一無二の必殺技として磨き上げる他なかった。そんな私に比べれば、永森の方がはるかに優れた話ができたはずである。それでも、永森は何回目かのリクルーター面談でコテンパンにやられて落ちてしまったらしいのだ。

 一方の私は、どぎつい質問を受けることもなく、そのままスルスルと最終に進んで内定した。内定が伝えられた瞬間、これまで話してくれたリクルーターたちがなぜか面接室に入ってきて「おめでとう!」「寿司食いに行こう、寿司!」などと言うので、私は高い寿司をムシャムシャ食った。リクルーターの一人は「灘から阪大医学部」に行った人で、周りの人も「この人はめちゃくちゃ頭ええねんぞ」と持ち上げていた。色々あって医者の道をやめ、今は企業でその知識を活かしているという人らしく、まあそんなこともあるのだなと思った。

 だが、あまりにも単純に「医学部はすごい。医学部えぐい」と周りの太鼓持ちっぽい人たちが言うので、スーパー学歴厨の私は「医学部だからすごいのではなく、阪医だからすごいのだ。もっと下のレベルの国公立医学部に入るだけなら自分でも入れていた」と思わず言いそうになったが、口をつぐんでおいた。先輩方はおおむね明るい雰囲気で私を祝福してくださったのだが、今日は仕事内容でも何でも聞いてくれというので、アホな私が本当に何でも聞いていると、だんだん空気が重くなってくるのがわかった。さすがに具体的な内容は省かせていただくが、この仕事はそんなにいいことばかりではない、というのがひしひしと伝わってきた。もちろんどんな仕事でもそうなのだろうが、その時は先輩方の苦しみが、言葉ではなく空気感からじわじわと私に浸透してくるようだった。これはこのまま入るとマズイことになる――私はこの寿司パーティでそう確信した。そもそも、何もわかっていないペーペーの大学生に楽しく寿司を食わせる、というイージーなはずの会をただ明るく済ませられないだけの恐ろしさが、そこには隠されていると思ったのだ。

 非常に申し訳ないことだが、私はその会社の内定を保持したまま他の会社も受けた。私が受けたいくつかの鉄道系の会社もリクルーター制だったが、やはり第一志望の業界ではないことが明らかにバレてしまった大手からは二度目の面談で切られた。だが、私の敗北はこの一度だけだった。その失敗を糧に第一志望ぶる演技を磨きに磨いた私は、もう一社の大手鉄道会社の面談をバリバリ勝ち進み、最終面談までこぎつけた。それに受かってしまえば内定、という段階で、私はあの寿司パーティの会社とこの鉄道会社ならどちらに行きたいのか考えた。両方の内定を取って、さらに別の第一志望に受かった場合、内定を二社断らなければならないことになる。当時、ある会社では内定を断る時に「コーヒーとカレーどっちがいい?」と聞かれ、選んだ方をスーツにぶっかけられるなどという物騒な噂がまことしやかに囁かれまくっていたので、私はその精神的負荷を軽減するため、内定数は最小限に抑えようと考えていた。結果的に私は給与面を最優先し、寿司パーティの方を確保して鉄道は辞退した。寿司を食べさせてもらったという事実は完全に抜きにして考えたつもりだったが、もしかすると寿司効果もあったのかもしれない。

 金融一本で突き進んでいた永森とは、生保の選考でもう一社かぶったが、そこでも似たようなリクルーター制度が採用されていた。私はやはり誰でも考えつきそうな浅い志望動機と塾講バイトの話しかしていないのにスルスルと最終面談までたどり着き、多種多様な方向から話を彩っているはずの永森は満身創痍になりながら最終面談にたどり着いた。私は一応、寿司を食わせてくれた会社の方がそこよりも志望度が高かったので、最終面談をお断りした。その後、永森はその会社の最終面談に臨み、そつなくなごやかに終えたらしかったのだが、結果的には不採用になってしまった。最終面談は軽い意思確認だけ、という噂もあったのに一体何をやらかしたのか、と聞いても、永森は「わからん……わからん……」と首を傾げていた。それから少したった頃、私の携帯に知らない番号から連絡が入った。知らない番号は無視するマンである私は無視を決め込んだが、そこには留守番電話が入っていた。聞いてみると、それは永森が落ちた会社の人事課長だった。

「すみません、先日会社に学生さんから電話があったらしいのですが、誰からの電話なのか確認できなかったということだったので、もしかすると佐川さんかな、と思い連絡させていただきました。もし、やはり最終面談を受けたいということであれば、私たちはいつでも対応しますので、お気軽にご連絡いただければと思います。では、失礼いたします」

 私はそれを聞き、「ここ大丈夫かよ」と思った。私のような凡庸な学生にこんな情けないしがみつき方をするということは、相当人材が枯渇しているか、とにかく東大生や京大生を確保したいという学歴主義が強いか、そのどちらかだろうと思った。もちろん学歴主義が強ければ強いほど私にとって有利だが、こうもあからさまだと当の私にも不安が生じるものである。しかも、会社に入った後仕事ができないことは確信していたので、入った後「京大のくせにこんなこともできねーのかよ!」とどやされることも想像に難くなかった。

【後編に続く】

 次回連載第8回は1/18(木)公開予定です。

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新刊紹介

佐川恭一

さがわ・きょういち
滋賀県出身、京都大学文学部卒業。2012年『終わりなき不在』でデビュー。2019年『踊る阿呆』で第2回阿波しらさぎ文学賞受賞。著書に『無能男』『ダムヤーク』『舞踏会』『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』など。
X(旧Twitter) @kyoichi_sagawa

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