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「選挙の鬼」ではなく「選挙の牛」がいた! あなたは「ミルクおやじ」を知っていますか?

選挙運動は基本ワンオペ。車自体が、選挙広報カーになっている。(撮影/畠山理仁)
選挙運動は基本ワンオペ。車自体が、選挙広報カーになっている。(撮影/畠山理仁)

後援会組織がなくても勝ち続ける理由

 日をあらためて市議選の期間中に再び深谷市を訪ねた。深谷駅前での街頭演説を取材に行くと、牛の模様の選挙カーが駅のロータリーに停まり、牛の着ぐるみ姿のミルクおやじが駅前で踊りながらミニライブをやっていた。街宣車のアナウンスもミルクおやじ本人がやっているという。

「うぐいすおじさんもやります。今日はたまたま手伝ってくれる人がいますが、選挙運動は運転もアナウンスも基本的にワンオペです」

 街を流す街宣車のBGMは、自身が作詞作曲した曲。街頭演説というよりも街頭ミニライブという感覚に近い。
 全身牛の着ぐるみのおじさんが、「うしうしサンバ」「ねぎ〜サンバ」などの持ち歌を楽しそうに踊りながら歌う。曲の合間にはヘッドセットマイクで聴衆に語りかける。
 ミルクおやじからビラを受け取った年配の女性たちに、カメラを持ったYouTuberらしき男性が声をかけていた。
「みなさん、だまされてませんか?」
 女性たちは男性の問いを無視し、にこやかにミルクおやじのライブを見守っていた。
 通りがかった中高生も楽しそうにミルクおやじとツーショット写真を撮る。ビラの裏側には子どもが塗り絵をできるように工夫されたミルクおやじのイラストがあった。地元での認知度も高く、受け入れられているようだ。

「真剣にふざけることが大事だし、バカにされても続けることが大事なんです。無所属だから自由にやれるし、議会でも自由に発言できる。私みたいな人を、全国にもっと増やしたいと思っています」

 驚くべきことに、ミルクおやじに後援会組織は一切ない。作るつもりもないという。

「地方で当選し続ける議員は強固な後援会組織を持っています。だからガチガチで票読みもできる。私は後援会組織を作らないから、どこに支持者がいるか全くわかりません。票が全く読めないから、いつも選挙は怖い。だから議会活動も選挙も一生懸命やるんです」

 2019年の選挙では、2446票で2位当選を果たした。後援会組織はないが、ブログで日々の活動をこまめに報告する。特定の支援者に向けた活動ではなく、誰もがわかるような活動を続けている。

「私は税金の使いみちのチェックに力を入れています。情報公開請求もして、公共事業のあり方についても問題提起をしています。議会のことも知ったら絶対に腹が立つし、おかしいと思うはずです。でも、目をつぶったほうが楽だと考える議員がいるから、議会の情報が市民の前に出てこないんです」

 地方議会はオール与党になりがちだ。そこにしがらみのない無所属議員がいることで議会が活性化する。多様な議員が生まれることで、他の議員の仕事が「見える」ようになる。
「選挙期間中は、深谷市がまるごとカラオケボックスになるようなもんですよ。なんだか楽しそうでしょ? それで当選できたら最高でしょう?」
 ミルクおやじは楽しそうだ。しかし、ただ楽しんでいるだけではない。

「議員になる人は特別である必要はないんです。おかしいことをおかしいと言える普通の感覚を持っている人が必要です。これから政治を目指す人に言いたいのは、選挙は理屈より覚悟ということ。諦めちゃダメ。続けることが大事なんだと伝えたいですね」

 ミルクおやじは大真面目なのだった。

深谷駅前での街頭演説のひとコマ。動画でもどうぞ!(撮影/畠山理仁)
深谷駅前での街頭演説のひとコマ。動画でもどうぞ!(撮影/畠山理仁)

ミルクおやじ・深谷駅前街頭演説動画(2019年4月17日)はこちら!

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畠山理仁

はたけやま・みちよし●フリーランスライター。1973年生まれ。愛知県出身。早稲田大学第一文学部在学中の93年より、雑誌を中心に取材、執筆活動を開始。主に、選挙と政治家を取材。『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』で、第15回開高健ノンフィクション賞を受賞(集英社より刊行)。その他、『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)、『領土問題、私はこう考える!』『コロナ時代の選挙漫遊記』(ともに集英社)などの著書がある。またその取材活動は『NO 選挙, NO LIFE』(前田亜紀監督)として映画化された。
公式ツイッターは@hatakezo

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