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「選挙の鬼」ではなく「選挙の牛」がいた! あなたは「ミルクおやじ」を知っていますか?

20年以上、国内外の選挙の現場を多数取材している、開高健ノンフィクション賞作家による“楽しくてタメになる”選挙エッセイ。 前回の第6回では、各地の講演会で著者が実践する「選挙公報ブラインドテスト」についてのお話でした。 今回は、一見ふざけているように見えて、本当は大真面目な「牛の着ぐるみ姿」の市議会議員のお話です。人は見た目が9割、なんて言わずに注目してみてほしい大切な言葉がありますよ。

ご自宅でのインタビュー。著者の単行本とともに。まさに「無頼系独立候補」と呼ぶにふさわしい政治家だ。(撮影/畠山理仁)
ご自宅でのインタビュー。著者の単行本とともに。まさに「無頼系独立候補」と呼ぶにふさわしい政治家だ。(撮影/畠山理仁)

埼玉県深谷市に誕生した「ミルクおやじ」議員

 「選挙の鬼」と呼ばれる政治家は何人かいる。しかし、「選挙の牛」は初めてだろう。

 2011年4月24日。埼玉県深谷市議会議員選挙(定数26)に、極めて珍しい「着ぐるみの政治家」が誕生した。
 名前は「ミルクおやじ」。牛(ホルスタイン)の着ぐるみ姿で戦った候補者は、32人中22位となる1814票で初当選を果たしていた。

 このニュースを知った時はさすがに驚いた。覆面レスラーのザ・グレート・サスケ氏が覆面をつけたまま岩手県議会議員(2003年4月〜2007年4月)を務めた例はあったが、「全身着ぐるみの政治家」は前例がなかったからだ。
 見た目のインパクトが強烈なだけに、「ふざけている」と思った人も多かった。「一発屋だ」と思った人もいた。

 しかし、ミルクおやじが2期目に挑戦した2015年の選挙結果を見て、もっと驚いた。
 なんと、前回から700票以上も伸ばす2543票を獲得し、3位で当選を果たしたのだ。

「着ぐるみの議員を連続当選させるなんて、深谷市はどうなっているのか?」

 多くの人がそう思っただろう。筆者も御本人に会うまでは、少なからずそう思っていた。
 しかし、実際に会って考えが変わった。ミルクおやじは、ものすごく真面目だった。

 筆者が初めてミルクおやじに会ったのは2019年4月。深谷市議3期目挑戦の直前だ。
 アポを取った際に指定されたのは、深谷市内の住宅街。取材場所を目指して車を走らせると、遠くからでもすぐわかる車が見えた。
 白地に大きな黒の斑。ウシ柄の乗用車だ。もし、これがミルクおやじの車でなかったら、深谷市は本当にどうかしている……。
 そんなことを思いながら玄関のチャイムを鳴らすと、柔らかい笑顔を浮かべた男性が普通の服で出迎えてくれた。

「ミルクおやじです。本名は村川徳浩です」

 通された居間で名刺交換をし、ざっと部屋の中を見渡す。選挙ポスターやビラが積まれていることを除けば、いたって普通の家だ。
 さっそくカバンからカメラを取り出して「インタビュー動画を撮影したい」と申し出ると、村川さんが椅子から立ち上がり、「ちょっと待ってください」と言う。
 ひょっとして動画撮影はNGなのか?
 不安になって顔色をうかがうと、村川さんは大真面目な表情でこう言った。

「動画を撮るんだったら着ますよ、牛」

 声量のある落ち着いた低い声に圧倒される。
 いやいやいや、無理しなくて結構です!

「全然。無理じゃないです。僕は好きでやっているんですから」

 少し笑いながら、あっという間に牛の着ぐるみに着替えて椅子に座ってくれた。
 取材当時の村川さんは白髪交じりの58歳。よく通る声で真面目に話をしてくれるが、頭の上には着ぐるみのコミカルな牛が乗っかっている。しかも、妙に背筋が伸びている。
 あまりにもシュールな光景に笑いの波が増幅され、いまにも堤防が決壊しそうになった。

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畠山理仁

はたけやま・みちよし●フリーランスライター。1973年生まれ。愛知県出身。早稲田大学第一文学部在学中の93年より、雑誌を中心に取材、執筆活動を開始。主に、選挙と政治家を取材。『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』で、第15回開高健ノンフィクション賞を受賞(集英社より刊行)。その他、『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)、『領土問題、私はこう考える!』(集英社)などの著書がある。
公式ツイッターは@hatakezo

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