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その数9回! “情熱の薔薇”のついた自転車で選挙に出続ける「ホームレス路上演奏家」

20年以上、国内外の選挙の現場を多数取材している、開高健ノンフィクション賞作家による“楽しくてタメになる”選挙エッセイ。 前回の第2回では、架空の小説『日本列島全員立候補』とリアルなノンフィクション『日本列島全部無投票』の両極の話から選挙のリアルを伝え大きな反響をいただきました。 そして第3回は、選挙に出続ける「ホームレス路上演奏家」の壮絶なストーリーです! 

2017年、小学校の体育館で開いた個人演説会で演説する武田完兵候補。演説、演奏、質疑応答を重ねる。耳が遠いため、聴衆が候補者に選挙用のメガホンを使って質問するシステムだった。(撮影/畠山理仁)
2017年、小学校の体育館で開いた個人演説会で演説する武田完兵候補。演説、演奏、質疑応答を重ねる。耳が遠いため、聴衆が候補者に選挙用のメガホンを使って質問するシステムだった。(撮影/畠山理仁)

ホームレス路上演奏家、選挙に出る!

 大切なことだから何度でも確認する。選挙に立候補する条件はとてもシンプルだ。

「満25歳以上で日本国籍を有する者」

 これしかない。都道府県知事や参議院議員では年齢が「満30歳以上」になるが、それ以外は同じ。性別も容姿も関係ない。学歴も職業も関係ない。収入も思想信条も関係ない。誰もが「有権者の代表」になるべく、手を挙げる権利を持っている。

 私は選挙の取材を続ける中で、さまざまな候補者に出会ってきた。アルバイトや派遣で働きながら立候補した人もいた。無職の人や年金生活者もいれば、生活保護を受給しながら立候補する人もいた。なかには供託金を用意するため、友人や家族だけでなく、サラ金をハシゴしてお金を借りた人もいた。

 その中でも「唯一の人」がいる。それが2019年3月の台東区長選挙に立候補した武田完兵(たけだ・かんひょう/選挙当時70歳)候補だ。武田は家を持たない「ホームレス区長候補」であり、「路上演奏家」を自称していた。しかし、演奏での収入はほとんどなく、行政から毎月10万円ほどの生活保護を受けて命をつないでいた。
 驚くべきことに、武田が選挙に立候補したのは台東区長選が初めてではない。1975年に「武田寛(たけだ・かん)/音楽家」として台東区議会議員選挙に立候補したのを皮切りに、区議選5回、都議選2回、区長選2回の計9回も選挙に挑戦している。

 しかし、結果はすべて落選。直近の台東区長選挙では自己最多となる2666票を獲得したが、最下位で落選して供託金を没収された。
 そもそも、区長選に立候補するには100万円もの供託金が必要だ。いったい、そんな大金をどうやって用意したのか。

「生活費を切り詰めて貯めました。移動はすべて自転車。買い物は安いスーパーまで自転車を走らせ、徹底的に節約しました。また貯めて選挙に出ます」

 そんな武田が選挙で訴えてきたのは、「浅草橋駅西口に新たな駅ビルを作る」「隅田川に歩道橋を架けて商店街を復興する」などの地元振興策だった。演説では、生活保護やホームレスの問題にはまったく触れない。自分のことではなく、あくまでも、地元・台東区の発展を考えて政策を訴えている。公の補助で生きる武田には、強い「公の心」があった。

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畠山理仁

はたけやま・みちよし●フリーランスライター。1973年生まれ。愛知県出身。早稲田大学第一文学部在学中の93年より、雑誌を中心に取材、執筆活動を開始。主に、選挙と政治家を取材。『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』で、第15回開高健ノンフィクション賞を受賞(集英社より刊行)。その他、『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)、『領土問題、私はこう考える!』(集英社)などの著書がある。
公式ツイッターは@hatakezo

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