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大人のための「公職選挙法」講座、街宣車編。ウグイス嬢の日当1万5千円は妥当か?

20年以上、国内外の選挙の現場を多数取材している、開高健ノンフィクション賞作家による“楽しくてタメになる”選挙エッセイ。 前回の第4回では、台湾、アメリカの選挙取材経験をもとに、「選挙の楽しみ方」についてお伝えしました。 第5回の今回は、ちょうど世間を賑わせている「街宣車」についてのお話です。

2014年の福島県知事選挙にて。本文中の「ものすごい集中力と動体視力を持つウグイス嬢」はこの街宣車にいた!(撮影/畠山理仁)
2014年の福島県知事選挙にて。本文中の「ものすごい集中力と動体視力を持つウグイス嬢」はこの街宣車にいた!(撮影/畠山理仁)

選挙運動には弁当代を出せる人数、額面も決まっている

 ウグイス嬢に1日3万円の報酬を支払うのは違法である。日本には公職選挙法という法律があり、選挙のルールが細かく定められているからだ。
 もし、あなたが「日本を変えたい」と思うのであれば、ルールを守って当選するのが正しい道だ。自分だけズルをして当選しようとする人に政治家の資格はない。

 そもそも、選挙運動はボランティア(無償)が原則である。例外的に報酬を支払える車上運動員(ウグイスやカラスと呼ばれる)や手話通訳者、要約筆記者の場合でも、基本日額は法律で「1万5千円以内」と決まっている。事務員や労務者は「1万円以内」。弁当代も「1人1食1000円以内」「1日あたり15人分×3食」などと細かく決まっている。
 これを超えると「運動員買収」の疑いが生じる。その場合の罰則は「3年以下の懲役もしくは禁固、または50万円以下の罰金」。
 けっこう重い。たとえ善意であっても、カニやメロンを贈ってはいけない。選挙を手伝う側も違反をしないようにくれぐれも気をつける必要がある。

 もちろん、「1日1万5千円以内の報酬は妥当か」という議論はあってもいいだろう。車上運動員の仕事は思った以上にハードだからだ。ベテランのアナウンスは有権者にしっかり届くし、陣営を大いに奮い立たせる。車上運動員は選挙の鍵を握る「もう一つの顔」として、大切な役割を果たしている。

 私が以前、福島県知事選挙を取材した時のウグイス嬢はすごかった。街宣車の後ろについて山道を走っていると、誰もいなさそうなところでいきなり「農作業中のお父さーん、わざわざ腰を上げていただいて、ありがとうございまーす!」と声をあげた。
 この時、街宣車のスピードは法定速度ギリギリの60キロ。「え? どこにそんな人がいるんだろう」と思いながらしばらく走っていくと、遠くに豆粒ほどの男性が見えた。

 しばらくすると、今度は十軒ほどの集落で「お母さま〜、手ぬぐいを振っていただき、ありがとうございまーす!」と叫んだ。
 どこだ? 目を皿のようにして探すと、たしかに手ぬぐいを振る女性がいた。

 街宣車が街に入ると、さらに驚かされた。「マンションのベランダからお子さんと一緒にありがとうございまーす!」「二階のカーテンの奥からありがとうございまーす!」「薬局の中から白衣でありがとうございまーす! お仕事お疲れ様でーす!」と次々に声をかけていく。あまりにも休みなく言うので適当にデタラメを言っているのかと思ったが、すべて実在する人に声をかけていた。

 ものすごい集中力と動体視力だ。そんな人を長時間拘束して1日1万5千円では申し訳ない気持ちもよくわかる。優秀なウグイス嬢を相手陣営に抑えられてしまったら、と考えると、多くの報酬を支払いたくなる気持ちも理解できる。

 しかし、自分だけズルをして当選を目指すのはダメだ。高い報酬を払いたければ、法律を変える努力をするのが政治家の仕事だ。

車上運動員などの日額報酬は法律で「1万5千円以内」と決まっている。(撮影/畠山理仁)
車上運動員などの日額報酬は法律で「1万5千円以内」と決まっている。(撮影/畠山理仁)
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畠山理仁

はたけやま・みちよし●フリーランスライター。1973年生まれ。愛知県出身。早稲田大学第一文学部在学中の93年より、雑誌を中心に取材、執筆活動を開始。主に、選挙と政治家を取材。『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』で、第15回開高健ノンフィクション賞を受賞(集英社より刊行)。その他、『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)、『領土問題、私はこう考える!』(集英社)などの著書がある。
公式ツイッターは@hatakezo

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