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佐藤誠二朗「グリズリー世代のバック・トゥ・ザ・ストリート」
グリズリー……それは北アメリカ北部に生息する大きな灰色のヒグマの名であると同時に、白髪交じりの頭を形容するスラング。頭にちらほら白いものが目立ち始める40~50代を、アラフォー、アラフィフといってしまえば簡単だけど、いくつになってもオシャレと音楽が大好きで遊び心を忘れない彼らを「グリズリー世代」と名付けよう――
そんな思いを胸に、自身もグリズリー世代真っ只中の著者がおくる、大人の男のためのファッション&カルチャーコラム。

手土産考〜亀屋万年堂のナボナは、やっぱり今でもお菓子のホームラン王

営業職のような仕事と比べると、手土産を携えて仕事先を訪問する機会は少ない。
たまに大きな取材があるとき、挨拶がてらに持っていく程度だ。

仕事で手土産が必要なとき、持っていくものは決めている。
地元の商店街の中にある、地域で一番評判のいいパティスリーの焼き菓子詰め合わせだ。
たとえ知名度が低いお店のものであっても、地元で一番のものを贈ればこちらの真心は伝わりやすい。
実際とても美味しいので、きっと喜んで食べてもらえていると思う。

一方、プライベートで友達の家を訪れるようなときは、小洒落たものよりも渡した瞬間にわっと盛り上がれる手土産がベター。
僕はいいのを知っている。
亀屋万年堂のナボナだ。
お菓子のホームラン王として名高い、ソフトカステラの間に軽くて甘いクリームが挟まった、あのナボナである。

「ほんのつまらないナボナですが」と言って差し出せば、みんながワッと盛り上がる

亀屋万年堂が純粋な和菓子店として、東京・自由が丘に創業したのは1938年。
ナボナは創業から25年後の1963年に発売されている。
イタリア旅行に行った際にヨーロッパのお菓子に感銘を受けた創業者による、「和菓子と洋菓子の良いとこ取りの商品を作りたい!」という熱意から生み出されたものだとか。

我々グリズリー世代にとってナボナといえば。

そう! 王選手だ。
亀屋万年堂の現会長である國松彰は、かつてプロ野球選手だった。1970年に現役を引退した後も読売ジャイアンツにとどまり、1988年までコーチや二軍監督として活躍した。
妻が創業者の娘であったことから、國松はその後、亀屋万年堂の経営に携わることになる。

1967年から王が亀屋万年堂のCMに出演していたのは、國松とチームメイト(王貞治が後輩)であったという縁によるもの。
ホームラン記録を量産した王の絶頂期と重なり、ナボナの売り上げは急増したという。

我々世代は小・中学生の頃、おばあちゃんやおじいちゃんのいる友達の家へ遊びにいくと、出してくれるお菓子の中にはなぜか100%ナボナが入っていた(あえて言い切る)。
あれ、仏壇へのお供え用かなんかで常備していたんだろうな、きっと。

自分では決して選ばないし買うこともないのに、なぜか口にする機会が多く、食べるたびに「ああ、なんて美味しいんだ」と思っていたナボナ。
でも大人になってからは食べる機会が減り、ちょうどよく記憶が薄らいでいるナボナ。

だから、手土産に最適なのだ。

「ほんのつまらないナボナですが」と言って差し出せば、「うわ、なつかし!」「うまいんだよな、これ」と、一瞬にして盛り上がること請け合いだ。
こんなお菓子、ほかにはなかなかない。
やっぱりナボナは、今でもお菓子のホームラン王なのかもしれない。

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佐藤誠二朗

さとう・せいじろう●児童書出版社を経て宝島社へ入社。雑誌「宝島」「smart」の編集に携わる。2000~2009年は「smart」編集長。2010年に独立し、フリーの編集者、ライターとしてファッション、カルチャーから健康、家庭医学に至るまで幅広いジャンルで編集・執筆活動を行う。初の書き下ろし著書『ストリート・トラッド~メンズファッションは温故知新』はメンズストリートスタイルへのこだわりと愛が溢れる力作で、業界を問わず話題を呼び、ロングセラーに。他『糖質制限の真実』『ビジネス着こなしの教科書』『ベストドレッサー・スタイルブック』『STUSSY2017 FALL/HOLIDAY COLLECTION』『DROPtokyo 2007-2017』『ボンちゃんがいく☆』など、編集・著作物多数。

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